「考えたら今年は1年の4分の1がビーサン生活だった」稲垣えみ子
元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 【写真】メキシコ土産の2代目ビーサンはこちら * * * 東京はやっと「本当に秋っぽい」日が増えてきたが、油断してるとめちゃ暑い日がちょいちょい。日々の服の振れ幅がすごい。ってことで、今もちょいちょいビーチサンダルを履いている。 考えたら、今年は1年の4分の1はビーサン生活。これは長すぎる夏の貴重な「良いこと」の一つである。ビーサンを愛用するようになったきっかけは、5年ほど前になるだろうか、沖縄に講演に行った際、人前に出るのだからと自分なりにちゃんとした格好をして、会社員時代に買った超カッコいい海外ブランドの高級サンダルを履いて行ったんですが、前日に国際通りをウロウロしていたらヒモがブチッと切れてしまい、仕方なく近くの土産物屋で400円の「シマゾーリ」(注・ビーサンのこと)を買ったんですね。で、当日これで講演に臨み、こんなことになった経緯を話したら大ウケで。確かに案外かっこいいんです。シャツとタイトスカートとシマゾーリでも、いわゆる「抜け感」のあるオシャレと思えばそう見えないこともない。ってことで、なんだ高級サンダルとかいらないじゃんと、連日のシマゾーリ生活となったのだった。 何がいいって、ノーストレスなんである。足が指先まで気持ちよく伸び伸びして、どれだけ歩こうが痛みなどこれっぽっちもない。長年の靴狂いで山ほどのオシャレ靴を所有し、しかしそのどれもこれもがちょっと歩くとすぐ痛くなり「靴と痛みはセット」と諦めていた身には、痛くない靴ってものがあった! ってだけで奇跡だった。考えたら随分低い感激ポイントだが、これが実際には全然低くないのが現代なんですよね。しかも着脱が一瞬。ってことで足も体も心も風のように自由。つまりはどんな都会にいようが心はビーチ。ついでに気温もビーチ並みである。もうこうなったら、毎日水着で過ごしても良くないか? 暑かったら誰かに水をぶっかけてもらってもすぐ乾くから無問題。そんな楽しい妄想で夏をやり過ごした。だからビーサンとの別れは寂しい。 いながき・えみこ◆1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。著書に『アフロ記者』『一人飲みで生きていく』『老後とピアノ』『家事か地獄か』など。最新刊は『シン・ファイヤー』。 ※AERA 2024年10月21日号
稲垣えみ子