「お腹の中を刃物でグルグルかき回される」ほどの痛みに対して「無痛分娩は甘え…」 麻酔薬不足であぶり出される、日本の出産のあり方
「医療的に無痛分娩が望ましいケースも」
どのような場合に無痛分娩を選ばなくてはならないのか。 名古屋大学産婦人科医の植草良輔さんは、数々の出産の現場に立ち会った経験から、無痛分娩のメリットをこう述べた。 「医療的に無痛分娩が望ましいケースは、妊娠時に高血圧を発症している“妊娠高血圧症候群”や、脳血管や心臓の病気を合併している妊婦さんなどに対してです。 これらのケースは陣痛による痛みにともなう、血圧上昇が母体に影響を及ぼすことがあるので、それを避けるために無痛分娩を選ぶことがあります。他にも陣痛や出産の痛みに対して、恐怖やストレスを強く感じている場合にも無痛分娩をすすめています」(植草さん、以下同) 日本でも増えつつある無痛分娩だが、植草さんの働く病院でも、無痛分娩の希望者は増えてきているのだろうか。 「私の働く病院でも、無痛分娩を希望される方は年々増加しています。また、無痛分娩が可能かどうかで分娩施設を探す妊婦さんも増えている印象です。経験上、産後の体力を温存したい、痛みに関する不安が強いといった方が無痛分娩を選ぶことが多いですね」 無痛分娩で麻酔に使われるアナペインは、製薬会社の工場の関係で出荷停止になっているという。今年6月から限定出荷が続いているものの、年内には供給が再開する見通しらしいが……。 「今後は供給が安定するまでは、医学的適応のある方のみ無痛分娩を行うという可能性も考えられます」 「医学的適応のある」とは、その治療行為が患者の生命・健康の維持・回復に必要であり、患者にとって優越的な身体利益になることを意味する。 10月2日にも、「厚生労働省が、治療が必要な患者の優先順位を策定することを呼びかけている」ことや「無痛分娩を制限せざるを得なくなる可能性がある」という報道があった(※5)が、こうした報道が、Xで大いに議論を巻き起こしたのだ。
「お腹を痛めて産んだ子」にみられる古い価値観
報道後、Xでは「治療が必要でなくても、痛みを軽減するために無痛分娩を選択できる権利があるはず」という旨の批判的な意見のポストがあふれかえった。 〈無痛分娩率、フィンランドは約9割、フランスは約8割、アメリカは約7割、日本はたったの6%。避けられる痛みを避けないのが普通で、大多数がそっちを選択するってほんとに意味が分からない。〉 〈妊娠した時点でいずれとんでもない激痛に襲われるの分かってるんだから、麻酔使うべきでしょ。結局のところ日本は男社会で、医者も男が多かったからこれまで軽視されてきたんだよね。これからは日本も無痛分娩を当たり前に。女性にもっと人権を。〉 また、「無痛分娩は甘え」「お腹を痛めて産んだ子」にみられる、出産にまつわる思い込みについても言及されている。 〈「つわりの薬や無痛分娩は甘え、産んだからには自己責任と母性でよろしくね!」な雰囲気しか感じないんだけど無理じゃない?〉 〈無痛分娩がない時代の「腹を痛めて産んだ子は可愛いぞ」と言う励ましの言葉が、今では「腹を痛めないと可愛いと思えない」と言う呪いの言葉になっている気がする〉 古い価値観を否定するポストが多く見られたが、その影響はいまだに根強い。筆者のまわりの経産婦でも「痛みに耐えてこそ一人前の母親」という義母の言葉をうけて、「費用面は問題ないけれど、あえて無痛分娩を選ばなかった」という者もいた。 今回の報道に対する批判は、古い価値観が揺らぐ様子を映し出したのかもしれない。 ――10月8日に、厚生労働省の福岡資麿大臣による記者会見が行われた(※6)。それによると今年8月に承認されたアナペインの後発医薬品が、年内には供給開始される見込みだという。 アメリカ大統領選でも人工妊娠中絶の権利を認めるべきかどうかが、争点になっている。今後、令和の「女性の権利」はどのように変化していくのか。 プロフィール 植草良輔(うえくさ・りょうすけ) 名古屋大学産婦人科医。名古屋大学医学部を卒業し、豊橋市民病院産婦人科での勤務を経て、現在に至る。 出典元 ※1『令和2年医療施設調査・病院報告の概要』 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/20/dl/02sisetu02.pdf ※2 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000203217.pdf ※3 慈恵医大病院 https://jikei-hp.or.jp/painless/about/spread/ ※4 明治安田生命https://www.meijiyasuda.co.jp/find2/light/knowledge/list/41.html#:~:text=%E8%87%AA%E7%84%B6%E5%88%86%E5%A8%A9%E3%81%AE%E8%B2%BB%E7%94%A8%E3%81%AF,%E3%81%9F%E9%87%91%E9%A1%8D%E3%81%8C%E3%81%8B%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82 ※5 NHKニュース https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241002/k10014598441000.html ※6 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000194708_00741.html 取材・文/綾部まと
綾部まと