エバがアダムの脇腹から生まれたという記述をどう表現した? 旧約聖書を描いたキリスト教美術の面白さ(レビュー)
なるほどなあ。非常にクリアでわかりやすい。確かに、「2場面」にしてしまえば「魔法のように」の問題は解決できる。その時間差の間に奇蹟が起こったことにすればいいのだから。一方、「アダムの脇腹から直接、エバが生まれでてくるタイプ」のほうはハードルが高そうだ。図像の中には、画家が頑張って「無理」をした挙げ句に、やばい感じになっているものがある。でも、我々にとっては、この「四苦八苦」こそが面白く、魅力的なのだ。 「ミケランジェロ」をはじめとするルネサンス期以降の巨匠たちは、この場面に限らず、あり得ないようなモチーフを「人体の立体感や空間表現上で齟齬をきたさないよう」に巧みに描いている。だから、「上手いなあ、素晴らしいなあ」という感想になる。 でも、それ以前の、つまり本書の中心となる「中世の画家」たちは「四苦八苦」の結果なのか、それぞれのエピソードに対して想像を越えた世界像を造り出している。思わず驚いたり、くすっとなったりしながら、「嘘! 可愛い!」と云いたくなる。 本書の図像の中には、「遠近法? それってなあに? おいしいの?」という声が聞こえてきそうなものがごろごろしている。表現技法のうえでも、現在の我々の感覚とは、そもそもの前提が異なっていて、けれども思いは限りなく純粋。これが前述の「子どもの落書きのような」という印象にも結びついているのだろう。 「上手いなあ、素晴らしいなあ」という気持ちは、我々を真面目な鑑賞者の位置に釘付けにする。でも、「嘘! 可愛い!」のほうは、見る者を無数の思い込みやルールから解放する力があるようだ。そのわくわく感が楽しくて、いつまでも眺めていたくなる。 [レビュアー]穂村弘(歌人) 1962年札幌市生まれ。「かばん」所属。大学在学中に塚本邦雄の作品に出会い、1985年短歌の創作を始める。1986年「シンジケート」が角川短歌賞の次席となる。2008年『短歌の友人』で伊藤整文学賞を、連作「楽しい一日」で短歌研究賞を受賞。歌集『シンジケート』『ドライ ドライ アイス』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』、エッセイ集『絶叫委員会』、『世界中が夕焼け―穂村弘の短歌の秘密―』(山田航との共著)、『異性』(角田光代との共著)、『たましいのふたりごと』(川上未映子との共著)、近著に『野良猫を尊敬した日』。他に対談集、短歌入門書、評論、絵本の翻訳など著書多数。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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