成長しないし、人も救わない魔女にすると決めていた。柚木麻子『マリはすてきじゃない魔女』インタビュー
小説家・柚木麻子による初の児童書『マリはすてきじゃない魔女』(エトセトラブックス)が刊行された。 【画像】「すてきじゃない魔女」を書きたかったと語る柚木麻子 主人公は、魔法の覚えが早く、大きなパワーを持つ魔女の女の子、マリ。マリが暮らす町には魔法を人間のために使い、人々の役に立つ「すてきな魔女」がたくさんいるが、マリがしたいことは少し違う。お腹いっぱいドーナツを食べるためにドーナツを巨大化させたり、みんなから注目されるために髪や目の色を気まぐれに変えてみたり……自分のためだけに、魔法を使うことだ。 怠け者で、いい子でもなくて、成長もしない。そんな「すてきじゃない魔女」を書きたかったと柚木は言う。本作の執筆に込めた思いを聞いた。
人を救わず、成長もしない魔女の主人公
―『マリはすてきじゃない魔女』は柚木さんにとって初めての児童小説となりますが、まずは執筆された経緯と、魔女をテーマにされた理由を聞かせてください。 柚木:エトセトラブックスの松尾亜紀子さんと以前からお付き合いがあったんですが、子ども向けの本を1度書いてみないかというお話を2022年の夏ごろにいただきました。その瞬間から、絶対に魔女の話にしたいなと思いました。今年11月に角野栄子さん(代表作『魔女の宅急便』)の博物館「魔法の文学館」が開館しましたが、小さい頃からずっと角野さんの本を読んでいて、大好きでした。 魔女の児童小説を書くうえで絶対にやりたいと思ったのは、人を救わないこと、成長しないこと、あとは巨大化するのが好きなので、巨大化です。この3つをすごくやりたいなと思ったら松尾さんもすごくいいですねと。魔法がバレると効力がなくなってしまうとか、何日以内に何かをしないといけないとか、そういうのは全部やめていく方向にしました。 ―それはなぜでしょうか? 柚木:私は角野栄子さんの『魔女の宅急便』もすごく好きですし、ほかにも好きな魔女コンテンツはたくさんあって、魔法がバレたら魔界に帰らなきゃいけない……というような話もすごく好きです。ただ、自分の子どもが生まれたり社会のことを考えたりしたときに、ちょっと10代前半くらいの子どもに対して課せられているものがキツくないかなとも思うようになりました。だから、オーダーを受けたときに主人公のマリ自身は成長しないということがとっさにひらめいて、それを書いてみようかなと思ったんです。 ―柚木さんは子どもの頃からさまざまな児童小説や物語に触れられてきたと思うんですが、いま、そのときはちょっと違った受け止め方をされるようになったと……。 柚木:そうですね。『小公女』(フランシス・ホジソン・バーネット作、1985年に日本でアニメ化)のような不遇の境遇に負けず頑張るみたいな話もすごく好きなんですけど、大人になって読むと、感情移入というより親はなんで遺産に関する書類を残しておかなかったんだろうとか、『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』(バージニア・リー・バートン作)でさえこんな無闇な労働をしているのだからたまに逃げたくなってもしょうがないだろう、ちゅうちゅうは悪くないんじゃないか? みたいに思うことが多々増えてきました。 欧米の児童文学には話の9割くらいパーティーをしているような話もたくさんあって、私が好きな『やかまし村の子どもたち』(アストリッド・リンドグレーン作)も、ほとんど一章がクリスマスの準備に充てられるんです。なにか波乱が起きたり大変な目にあったりするのではなくて、ただ子どもたちが楽しんでいるだけ。 特に北欧や英米の文学に対してそう感じることがあって、そこには子どもは守らなきゃいけない存在であり、楽しませなきゃいけない存在であり、子どもを性的に見たり搾取したりするのはありえないというような意識が影響しているのかと思うところもあり、そういった話が日本の話で読めたらいいなというのはちょっとあったと思います。