「なんで?」という質問は、実は “責め” の言葉。 感情コントロールができない彼女を救った、会話術とは【専門医が解説】
何はともあれ話を聞く
神田さんはAさんとの接し方を考えました。 「どれだけAさんが悪くても、まずAさんの話を聞くようにしました。例えば、Aさんが暴れて揉めごとが起こった時に、暴れたことをどうこう言う前に、『どうした? 何があった?』と聞くようにしました。 周囲の人は、先入観があるからなんでもAさんが悪いと決めてかかりました。暴れたり手を出したりしたら絶対的にAさんが悪いということになり、もう終わりだと完結させてしまいました。でも、Aさんが何をしてしまったのか、もしくは何をされたのか、本人に一から話を聞かないと本当に何が起こったのか分かりません。私はAさんの話を一から聞く、話を遮らないと決めていました。 もちろん、筋の違うことをすごく主張してくることもありました。どう見てもAさんが間違っていることもありました。 でも、話を聞かずにAさんだけを責めてしまうと『ワーッ!』となってしまうので、全部話を聞いてから一つ一つ分解して、ここは間違っていないけど、ここは間違っているんじゃない?というように話をしました。するとヒートアップしていたAさんもだんだん落ち着いてくるので、落ち着いた頃に他の人も交えて話をしました。」 もちろんうまくいかないことも多々あり、興奮して全く話ができないこともあったそうです。ウワ~!となってしまって話せないAさんと向き合うことは、神田さんにとってかなり根気のいる作業だったといいます。それでも神田さんはAさんとの関係を維持して、今も交流が続いているそうです。 【後編】では、社会人になったAさんと神田さんが思う発達障害の人と社会の関わり方について紐解きます。
岡田 俊先生のここがポイント!
発達障害の特性を自分で認識したり、周囲の人が認識するのは実に難しいものです。自分が何かしっくりといかなさや生きにくさを感じたとしても、誰もがそうなのか、自分だけが感じているのかどうか分かりません。また、周囲もその人の物事のとらえ方や考え方がどこか違うと感じても、なぜ何だろうと疑問に思ったり、ときには腹を立てたりしてしまいます。発達障害の診断があることで、「自分らしさ」「その人らしさ」の一片が明らかになり、自己理解や相互理解のきっかけになることがあります。 しかし、その診断をもとにどうすればよいのか、ということがないと、Aさんのように「治らない」と泣いてしまったり、周囲の人の「ちょっとおかしい」を言い換えただけになってしまいます。Aさんの「なんで忘れたの?」「忘れたものは忘れた」という押し問答のようなコミュニケーションエラーはよくある話です。 「なんで」というのは理由を聞く質問ですが、一方で反省し、今後の努力の表明を求める言葉です。文字通り理由を聞かれたと思っていても、「連絡帳には書いてあったのですが、それを見ませんでした」というぐらいの気の利く答えができればいいのですが、こう表現できるのも「これからは連絡帳を確認する習慣を身につけるよう努力します」という言葉を想定しなければ、うまく出てこない表現でしょう。 「教科書を開きなさい」というのも、ただ教科書を開くのではなく「教科書を開いて全員一緒に読みましょう」という前提があります。そこに、気の散りやすさも加わります。よく学校では行われていることですが、「では、みなさん」と再度呼びかけて注目させてから次に読むページを指示したり、ところどころで理解を深めるための質問をしたりすることも有効かも知れません。 日常生活のほんの小さな行き違いについても<わけ>を知ることが、言葉を補ったり、より良い方法を選択する出発点になるのです。 「もう何年生になったのだから」「甘えなのではないか」という表現もよく聞きます。しかし、その結果として「自分でやりなさい」と突き放したり、ハードルをあげるだけではうまくいかないことがあります。自分でやれるようにしていくことは大切なのですが、そのための工夫については、一緒に考えることが必要な段階もあるでしょう。そして、試行錯誤をして、最初は失敗の増える時期もあります。そうして、それなりにでも一人でできる、という工夫を身につけたときに、本当の意味でのスキルアップができたことになるのです。 <岡田 俊 先生 プロフィール> 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部部長/奈良県立医科大学精神医学講座教授 1997年京都大学医学部卒業。同附属病院精神科神経科に入局。関連病院での勤務を経て、同大学院博士課程(精神医学)に入学。京都大学医学部附属病院精神科神経科(児童外来担当)、デイケア診療部、京都大学大学院医学研究科精神医学講座講師を経て、2011年より名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科講師、2013年より准教授、2020年より国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部部長、2023年より奈良県立医科大学精神医学講座教授。
ライター 渡辺 陽