心臓発作から死への対処、クルーズ船の医師が向き合う船内医療
デッキの下では実際に何が起きているのか?
まず、患者が旅行保険に加入していることを祈る。クルーズ船の医療費は高額だからだ。 船内では昼夜を問わず、いつでも助けを求めることができる。船には24時間365日、少なくとも1人の医療チームメンバーが勤務することが法律で義務付けられている。動けるようなら、通常は下層デッキにある医療センターに自力で向かう。動けない場合は、看護士などのスタッフが客室まで来てくれ、階下への移動を手伝ってくれる。 すぐに医師の診察を受ける場合もあれば、看護師が予約を取り、医師の診察までに結果が分かるよう血液検査を行うこともある。 船内の医療センターは小規模かもしれないが、血液検査からレントゲン検査までさまざまな検査を行える。また、簡単な外科治療や、骨折したところをギプスで固定する、カテーテルを挿入する、人工呼吸器を装着することもできる。 ただし、手術はできない。手術が必要な患者は船から陸上の医療施設に移送される必要がある。
海上での心臓発作
心停止は、医療チームが船上で対処する特に一般的な症例の一つだ。海上で心不全を起こせば不幸な目に遭うように思うが、命は救われることが多い。医師らは脳卒中や心臓発作の際に血塊を分解する血栓溶解剤を投与することで損傷の進行を軽減できるという。脳卒中や脳出血の場合も同様だ。 単純な事故やけがも船上で治療できる。チームはレントゲンを撮り、添え木をあて骨折を固定したり、完全なギプスを装着したりすることもできる。
船上での死亡
もちろん、時には考えられない事態が発生し、乗客が死亡することもある。都市伝説はたくさんある。メニューに突然アイスクリームが出てきたら、誰かが亡くなって遺体が冷凍庫に保管されている――。 ホワイト氏によれば、驚くべきことにそれは40年ほど前まで本当だった。遺体安置所ができる前は、アイスクリームの冷凍庫に遺体を入れていたというのだ。 今では、探検船以外のほとんどの船に遺体安置所がある。探検船には場所がほとんどないのだ。「3日間は上陸できる場所がない、またはヘリコプターが使えないといったときは、遺体が外に置かれることもある」(ホワイト氏) デュロビッチ氏によると、今日では乗客の死亡に関して厳しい手順が設けられている。 医療チームは船長だけでなく、陸上の医療チームにもただちに報告しなければならない。遺体を洗い、陸地の当局に通報する必要もある。 時には検視官が船に乗り込み、遺体の検視を行うため持ち出すこともあるという。遺体が船内の遺体安置所に保管されている間、その周囲の警備は強化される。通常は次の港で警察が船に乗り込み、状況を記録。医師に事情聴取を行う場合もある。ただしホワイト氏は「これまで疑わしい船に乗ったことはない」という。地元の葬儀業者は通常、港で遺体を降ろす。ほとんどの当局は遺体を乗せた状態で船が出航することを認めていないからだ。 乗客が伝染病で死亡するというハリウッド映画のような状況を思い浮かべるかもしれないが、デュロビッチ氏はこの業界で20年間働いてきて、そのようなことは一度もなかったと話す(新型コロナの世界的流行が始まって以降、感染により重体に陥った患者は数人診てきた)。同氏が扱った死はすべて自然死だ。 デュロビッチ氏は船上での死について「船全体にとって良い気分のものではない」「船は人々が休暇を楽しむための楽しい場所であるはずだ。そのような出来事は誰にとっても本当にストレスの多いものとなるが、少なくとも私たち(医療従事者)は訓練を受けている」と話す。同氏は自身やチームに最もストレスのかかる状況は心停止への対処だといい、心肺蘇生法がうまくいくときもあれば、そうでないときもあると語った。