「債務ブレーキ」が深刻化させるドイツのインフラ危機――崩落した橋と遅延だらけの鉄道、ボロボロの道路
必要投資を制限対象に含めるべきか
政府がインフラ改修に消極的だったのは、目に見えない老朽化に投資をする政治的インセンティブが欠落していたためだ。ドイツのインフラ財政に関して新著で書いている経済政策の専門家、フィリッパ・シグル=グレックナーは、独誌「シュピーゲル」に、これまで交通インフラの予算は削減されがちだったと答えている。インフラ建設には時間がかかるため、対応しても次の選挙で有利になるわけではない。問題が注目される前に大規模に工事をして通行止めなどにすれば、国民からは逆に不評を買ってしまう可能性がある。そうして1990年代以降、交通インフラの改修は後回しにされていった。 しかし、ここまで交通インフラが問題を抱えていると、人々の生活に支障が出るだけでなく、経済的な損失も莫大になってくる。10万社以上が加盟する経済組織・ドイツ産業連盟(BDI)は6月、インフラ投資や気候変動対策への公共投資と、実際のニーズとのギャップが、今後10年間で4000億ユーロに及ぶとの算出を発表した。BDI会長のジークフリート・ルスヴルムは「成長力を強化すれば、財政的な余裕が生まれる」と、政府に積極的な投資を求め、特別資金の創設を求めている。 連邦運輸大臣のフォルカー・ヴィッシングは、自由市場主義を掲げる自由民主党(FDP)の議員で、財政規律に厳しい。同党の財務大臣クリスチャン・リントナーとともに、歳出の抑制を重視している。ドイツでは憲法に規定された債務ブレーキによって、政府は毎年名目GDP(国内総生産)の0.35%しか新たに債務を増やせない。政府による無駄遣いを防ぐための規律だが、インフラ投資にあたっても大幅な借金をしにくくなっている。連立政権を構成する社会民主党(SPD)と緑の党はより柔軟に積極的な投資を求めているが、折り合いがつかないようだ。FDPは市場経済を重視するが、支出を抑えようとすれば、経済界のニーズにも反することになる。 そんななかで、債務ブレーキに対して疑問を投げかける声がドイツでは大きくなっている。2023年12月初め、ドイツの経済シンクタンクのifoがフランクフルター・アルゲマイネとともにドイツの187人の経済学者に聞いた債務ブレーキに関する考えを報告した。それによると、ちょうど半数の経済学者が債務ブレーキの改革、または廃止を望んでいた。改革すべき理由として多く挙げられたのは、現在の債務ブレーキの設計は、 投資と消費の支出を区別していないということだ。投資が制限されているために、必要とされるインフラ改修や気候変動対策に十分な予算が割けなくなってしまうのである。必要な投資を制限対象から外すことを望む意見が強い。運輸大臣のヴィッシングは、道路と鉄道のための長期的な資金確保のために投資ファンドを創設する構想を提案しているが、FDP内でも反対があるようで、進んでいない。 しかし、インフラ投資がさらに遅れて損傷が大きくなれば、修復にかかるコストはさらに大きくなる。高齢化が進み、税負担者が減る中で問題を先送りにすれば、次世代の負担が巨額のものになってしまうだろう。次に橋が崩落するまでに必要な改修が間に合うのか、住民としては不安が残るところだ。
フリーランスライター 駒林歩美