<私の恩人>月亭方正 落語家転身は東野幸治さんの助言がきっかけ
2008年、月亭八方さんに入門し、昨年1月1日付で、芸名も山崎邦正から改名した月亭方正さん(45)。恩人として挙げたのは、同い年ながら、芸人としては先輩となる東野幸治さんでした。落語家転身という人生のターニングポイントも、東野さんの助言から始まったといいます。 かつてブレークした「電波少年」ケイコ先生の現在とは
皆さん、お察しの通り(笑)、僕は「世話になる人間」か、「世話をする人間」かでいうと、圧倒的に「世話になる人間」なんです。だから、たくさん恩人がいるんですけど、その中でも、東野さんは特別なんですよね。 というのは、僕と東野さんは同い年なんです。芸歴は東野さんの方が上なので、先輩にあたるんですけど、何というのか、すべてが見えているというか。同い年だけに、そのすごさが際立つんですよね。例えば、すごく根源的な話ですけど、お酒を飲んでいて「なんで人は人を殺したらダメなのか」という話をした時のことです。 僕なんかはいろいろ考えるんです。「…いや、ま、そりゃ、殺された人には家族もいるだろうし、その人たちが悲しむだろうし、そもそも、人間というのは理性があるわけだから、そんなことをしてはいけないんですよ」なんて、道徳的というか、どっかで聞いてきたような言葉を並べるわけです。 かたや、東野さんは迷うことなく即答するんです。「そら、人間が滅びるからやろ」と。言われてみれば、そら、そうなんですけど、物事を俯瞰(ふかん)から見ているというか、達観しているというか、ズバッと真理を言うんですよね。 僕が落語に進むきっかけも、東野さんに作ってもらいまいした。実は、40歳を前にむちゃくちゃ落ち込んだんです。例えば(ショッピングセンターなどの)営業に呼んでいただくとします。最初はお客さんも「わー、やまちゃんや!!」と喜んでいただけるんですけど、20分持ち時間があるとすると、その20分をしっかり楽しんでいただくものが自分にはないことを痛感させられるんです。テレビ番組でするようなトークの焼き直しをしてお茶を濁すしかない。 でも、僕以外の「中川家」にしても「ブラックマヨネーズ」にしても、本ネタ=漫才をするわけです。しっかりと芸で喜んでもらっている。40歳という、もう後戻りできない年齢を前にそれを見せつけられて、すごく落ち込みましてね。