トランプ氏の大勝を支えた「ポッドキャストポピュリズム」 日本でも兆し
米大統領選の投開票日から一夜明けた11月6日、サンフランシスコ郊外のコミュニティーカレッジで学生たちが手芸にいそしんでいた。「誰に投票してどんな結果を望んでいたかにかかわらず、日常に戻るために、いったん気持ちを落ち着けられる場所をつくりたかった」。イベントを企画したアイザック・アルフカーリさん(18歳)はこう話す。 【関連画像】選挙に伴うストレスを軽減するため手芸にいそしむ学生ら(11月6日、サンフランシスコ郊外) アルフカーリさんは2024年に初めて投票に参加した。共和党のドナルド・トランプ前大統領と民主党のカマラ・ハリス副大統領の両候補が共に獲得を試みた「Z世代」の有権者の一人だ。 米タフツ大学によれば、Z世代とほぼ重なる18~29歳の有権者のうち、52%がハリス氏を、46%がトランプ氏を支持した。特筆すべきは現大統領のバイデン氏とトランプ氏が競った4年前には25ポイントあった民主党と共和党の候補に対する支持率の差が6ポイントに縮まった点だ。特に男性ではトランプ氏を支持する人が14ポイント増え、56%に達した。 民主党を支持する傾向が強かったこの世代のシフトは、トランプ氏による7つの激戦州すべてでの勝利を後押しした。若年層が「最も重要」と位置付ける経済や雇用に関わる課題にどう取り組むかをより効果的に伝えた成果が大きく、その手段として今回脚光を集めたのがポッドキャストだった。 例えば、トランプ氏は10月25日に人気コメディアンであるジョー・ローガン氏の番組『ジョー・ローガン・エクスペリエンス(The Joe Rogan Experience、JRE)』に出演し、減税政策や不法移民問題に対する考えから自身の暗殺未遂事件、マクドナルドへの訪問、ボクシングまで3時間にわたって語り合った。それ以前にも、ユーチューバーのローガン・ポール氏やコメディアンのテオ・フォン氏の番組など10を超えるポッドキャストに出ている。 米コロンビア大学のマイケル・モリス教授(文化心理学)は「特に選挙戦の最終ラウンドでポッドキャストは効果を発揮した」と指摘する。投票先を決めていなかった層に接触し、投票所に向かわせる助けになったという。なぜ、ポッドキャストなのか。 ●Z世代の28%、ポッドキャストをほぼ毎日視聴 第一に、視聴者層の厚さが挙げられる。米調査会社eMarketerによると、ポッドキャストの視聴者数は米国だけで約1億3000万人(23年時点)に上り、20年と比べて約3割増えた。中でも超人気番組である『JRE』はスポティファイとユーチューブを合わせて約3200万人がフォローしている。米ケーブルテレビ局のプライムタイム(午後8時~11時)の視聴者数はFOXニュースが275万人、CNNは83万人であり、桁が異なる。 選挙集会では出会えない若年層とつながる機会にもなりやすい。米調査会社エジソンリサーチによると、Z世代の28%がポッドキャストをほぼ毎日視聴しており、毎月視聴する人は47%に上る。『JRE』の視聴者の51%は18~34歳で、35%は無党派層だ。 最も重要なのが、ポッドキャストというメディアが持つ独特のトーンだろう。『JRE』を含めて多くのポッドキャストは個性的なホストがゲストとカジュアルに、あるいはじっくりと対話する形式を取っており、扱う話題も多岐にわたる。視聴者にとっては、友達の家で、友人の友人を交えて仲間同士で語らっている時のような親しみを感じられるのだ。 モリス氏は「人の声を長い時間聞くのは特別な体験だ。他のメディアでは得られない本物らしさがあり、政治家を身近に感じさせる」と話す。同氏はこの点に目を付けたトランプ氏の戦略を「ポッドキャストポピュリズム」と呼ぶ。ハリス氏も女性に人気の番組『コール・ハー・ダディ(Call Her Daddy)』などに出演したが、出演数や番組の選定、話の軽妙さなどから「ポッドキャスト戦略ではトランプ氏が勝った」と見る。 ポッドキャストの躍進は政治における「部族主義」の台頭とも関連している。分断が進んだ米国ではいまや、意見が似ている人は仲間と捉えて信用するが、それ以外は拒絶するといった振る舞いが常態化している。冒頭で紹介した、選挙後のストレス軽減イベントが必要になっているのもこうした社会環境の表れだ。そんな状況で党派性の強いCNNやFOXの番組に出演しても、「敵」と見なす政治家の演説をまともに聞く有権者はほとんどいない。 ポッドキャストはこうした部族主義を強める側面がある一方で、番組によっては「部族間の壁を乗り越える可能性がある」とモリス氏は指摘する。視聴者は少なくとも番組のホストを何らかの理由で信頼できる仲間だと考えているため、そのホストがリラックスして語り合っているゲストであれば、政治的立場が異なる意見であっても話を聞くことへの抵抗は薄れるからだ。 ●米国の70%がマスコミ不信、「報道が偏りすぎている」 もちろん、こうした新しいメディアが台頭する背景には、伝統的なマスメディアに対する不信感がある。米世論調査会社ギャラップによると、米国人の約70%がマスメディアをほとんど、あるいはまったく信用していない。 『JRE』の視聴者でテキサス州に暮らすグレッグ・ダベンポートさんは数年前に、ケーブルテレビの契約を止めた。「報道内容が偏りすぎている」と感じたためだ。こうした人が増える中で「ポッドキャストはありのままの声が伝わると支持を集めた」と、米マーケティング支援会社アドクオドラントのウォーレン・ジョリーCEO(最高経営責任者)は分析する。 「今回の大統領選は、新しいプラットフォームやクリエーターが従来のマスメディアをしのぐ信頼性と影響力を持つ時代の幕開けとなる」とジョリー氏は言う。政治家が自分自身や政策についてより深く伝える手段として「ポッドキャストは今後も大きな役割を果たす」との見方を示す。 もちろん、リスクもある。ポッドキャストでは「従来のジャーナリズムが築き上げてきた厳格な基準が守られないことが多い」と、コロンビア大学のモリス氏は指摘する。公平性や事実確認の徹底度合いが異なっているほか、番組によっては誤情報の拡散や政治的な偏向を進める現象に寄与しかねないものもある。 とはいえ、流れは止まらないだろう。日本でも7月の東京都知事選や10月の衆院選でX(旧ツイッター)やユーチューブを駆使する候補者や政党が注目を集めたり、議席獲得につなげたりする現象が見られた。ポッドキャストがそこに加わるのは時間の問題だ。おしゃべりが紡ぎ出すポッドキャストポピュリズムが今後どのように広がり、有権者の心と投票行動に作用していくのか。甘く見ることはできない。
佐藤 浩実