ナチス・ドイツが略奪したポーランドの聖母子画を巡るミステリー 80年後に東京で見つかった絵には「違う部分」、科学調査が謎を解いた
▽「仕事は果たしたと思う」 こうして東京で見つかった聖母子は、ナチス・ドイツが略奪したものと断定された。その価値は約2万ユーロ(日本円で約300万円)と推定されるが、小野山氏からの働きかけもあり、所有者が無償返還に合意。今年5月31日、東京のポーランド大使館で引き渡された。今後、ポーランド国内の博物館で展示される予定だ。 国境を越えた返還劇に、ポーランド側は「今回の交渉はハッピーエンドにつながった」「最上級の評価に値する」と歓迎した。 小野山氏は、少しほっとした様子でこう語った。「聖母子を最も高く評価したポーランド国民が所有者になった。金銭は介在しなかったけれど、仕事は果たしたと思う」 最後に残った謎は、どういう経緯で日本に渡ってきたのかだ。 この点、毎日オークションは秘密厳守として所有者の情報を明かさなかった。 ただ、取材を続ける私の元に、聖母子らしき絵画が「東北の美術館に展示されていた」との情報が寄せられた。それを手掛かりに、かつての所有者とみられる、ある法人に取材を申し込んだが、応じてはくれなかった。
▽略奪美術品、実は返還義務がない? ところで、略奪美術品は、必ず元々の所有者に返さなければならないのだろうか。略奪美術品に詳しい成蹊大法学部の佐藤義明教授はこう説明する。 「ナチス・ドイツが略奪した美術品の返還を義務付ける国際法は確立されていません。ただ、1998年の『ワシントン原則』で、倫理に基づいて解決策を追求する考えが関係国の間で合意されました」 つまり、国際法上は返還義務は生じないことになる。その上で現所有者が取り得る選択肢について、佐藤教授は「美術品を展示する際、来歴に関する説明を付けることを条件に返還請求権を放棄することがあります。他にも、補償金を支払ったり、無償貸与して現在の場所での展示を認めたりするケースがあります。請求者個人ではなく国の美術館への寄贈にすることもあります」と話した。 略奪美術品は今後も、所有者の世代交代が進むことで表に出てきやすくなる可能性があるという。「遺産相続した人がオークションに出したりして発覚する可能性はあります。返還請求を受けた時にどう対応すべきか、相談できる公的な窓口があると良いと思います」