ロンドンとブリュッセルで痛感した円の圧倒的弱さ。海外旅行がこんなにコストフルな本当の理由
メカニズムの変容
為替には「理論的なフェアバリュー(適正価格)が存在しない」と言われるが、推計するためのヒントとして用いられやすい購買力平価(=ある国においてある価格で買えるモノやサービスは、他国でも同じ価格で買えることを前提として計算した為替レート)を、物価格差をより深く理解するための材料として、ここで一応見ておこう。 まず、物価が年々低下していく社会を考えてみてほしい。そこでは、今年持っている1万円より来年持っている1万円の方が(物価が下がるので)買えるモノがたくさんある。言い換えれば、来年の方が購買力が高まる。 この考え方を2国間に適用すると、相対的に物価の低い国の通貨は、物価の高い国の通貨に対して(より多くのモノを買えるという意味で)価値が高くなるので、為替レートは上昇する(=通貨高に振れる)と考えられる。 ところが、日本では企業の生産拠点の海外移転が進んだ結果、この購買力平価に関するメカニズムが正常に作用しなくなった。 かつては購買力平価が示唆する水準より為替レートが上昇して円安に振れれば、相対的に割安となる自動車や家電などを中心に輸出数量が増え、結果として貿易黒字が積み上がり、それが(受け取った外貨の円転に際して)円買い需要を生むことで、円高に引き戻される流れがあった。 しかし、もはや日本国内には円安を受けて輸出数量を増やすような生産拠点は存在しないので、貿易財が相対的に割安になっても貿易黒字が積み上がることもない。実際、10年ほど前から上記のような円高に振れる動きは確認されていない。
消費者物価の中身から分かること
一方、購買力平価を算出するベースとなる消費者物価指数(CPI)の市場バスケットには、非貿易財(=自動車や家電と違って貿易の対象にならないもの、端的にはサービス価格)が半分もしくはそれ以上含まれる。そして、サービス価格の大きな比率を占めるのは人件費だ。 そこに国内外の格差が存在することが分かっていながら、「購買力平価に基づくと円高方向に振れるのが正しい動きだ」などと言ってみたところで、それは机上の空論にすぎない。 実際、東京の床屋の方がロンドンの床屋より安いサービスを提供するからと言って、ロンドンから東京に飛行機で毎月通う人はいない。だから、ロンドンの床屋の高い散髪料金(=理容師の人件費とほぼ重なる)が、東京の水準に応じてすぐに調整されたりすることもない。サービス業の価格調整は国境を越えられないのだ。 日本の物価水準が相対的に低いと前提した場合、購買力平価は円高方向に動くと計算するのが教科書的な考え方だが、実態としてはもはやほとんど使い物にならない尺度と言うほかない。 なかなか実感がわかないところもあると思うので、筆者の訪ねたイギリスと日本の購買力平価について、ここで具体的な数字を確認してみよう。 2000年第1四半期(1~3月)を基準とする消費者物価指数(CPI)を用いてポンド/円相場の購買力平価を計算してみると、2024年11月時点では1ポンド=80円前後になる。足元(11月17日時点)では1ポンド=195円なので、実勢相場は大幅な円安ということになる【図表1】。 ちなみに、ポンド/米ドル相場の購買力平価を同様に計算してみると1ポンド=1.3ドル弱で、実勢相場の1.26ドルとおおむね一致する。下の【図表2】を見ると分かるように、過去15年ほど大きなかい離が確認されていない。 すでに説明したように、生産拠点の国外移転が進んで外貨獲得につながる貿易財を持たない日本にとって、円安を活かせるとすればインバウンド(訪日外国人観光客)くらいしかなく、円買い需要による円高方向への調整はあまり期待できない。