「やめます。もう肩が動きません…」東洋タイトルを失い内藤律樹は泣き崩れた…父はカシアス内藤、ボクシング界の“消えた天才”が再起するまで
沢木耕太郎『一瞬の夏』の主人公・カシアス内藤を父に持つ、元東洋太平洋スーパーライト級王者・内藤律樹。世界タイトル戴冠を期待されていたホープは、痛恨の敗戦を最後に表舞台から姿を消した。日本でのラストマッチから2年半。トレーナー、そしてカメラマンとして長く「リッキー」に寄り添う筆者が、オーストラリアで再起を果たした天才ボクサーの“喪失と再生”の物語を綴った。(全2回の1回目/後編へ) 【写真】「髪型がヤンチャそう!」理髪店で気合を入れる井上尚弥16歳と内藤律樹18歳の青春時代。生々しい傷跡や泣き崩れた王座陥落の日、オーストラリアでの現在も写真で見る(全40枚)
リッキーの左フックが相手のアゴを打ち抜き…
「ロストポイントは1つだけだよね?」 6ラウンドのインターバルが終わり、コーナーを降りたチーフセコンドのコーベンが私に向かって興奮気味に訊ねた。 「イエス。ポイントを失ったのは4ラウンドだけだ」 カットマンとしてセコンドに入っていた私はコーベンにそう伝えながら、リング上のリッキーに視線を移した。 試合は序盤からリッキーが攻勢を仕掛け、タイ人ボクサーのティーラナン・マートサーリーがカウンターを合わせるという展開が続いた。4ラウンドの終盤に左フックをもらってバランスを崩したリッキーがロープにもたれる場面があったものの、取られたのはこのラウンドだけ。序盤からボディを狙った攻撃が功を奏し、6ラウンドの終盤にはフットワークの落ちてきた相手からダウンを奪った。勝負の行方はリッキーに大きく傾いていたが、まだマートサーリーは勝負を諦めていない。 7ラウンドのゴングが鳴ると、リッキーは更にプレスを強める。至近距離で互いの頭が交錯した瞬間だった。レフェリーのブレイクの後にリッキーが目尻に自分のグローブを当てて、出血していないかを確かめる仕草をしたのだ。切れた。緊張感が走り、私はズボンのポケットから止血剤の入った小瓶と日本から持参した綿棒を取り出した。 まだカットした傷は深くない。リッキーは慌てずにジャブで距離を測りなおすと、次の瞬間、コンビネーションを放つ。ワンツースリーから4発目の左フックがタイミングよく相手のアゴを打ち抜き、タイからやってきたボクサーは力無くマットに崩れ落ちた。もう立てない。一目でそう分かるダウンだった。 レフェリーが手を交差して試合終了の合図をすると、リッキーは歓喜の声をあげるでもなく、四方の観客へ向かって深々とお辞儀をした。
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