睡眠障害が悪化した「小説家」が診断を受けたらADHDだった…丁寧に綴られた経験から伝わるもの(レビュー)
落ち着きがない、片づけられないと特徴づけられがちなADHD(注意欠如多動症)。たかだか10程度の問いに答えさせる「ADHD診断」の類い。でも、そうした安易な情報は誤解や先入観を生むだけだ。 睡眠障害が悪化したため、20年来気になっていた発達障害の診断を受けたのが2021年の9月。いくつものテストや検査や面談を経て、小説家の柴崎友香はADHDだと告げられた。コンサータという薬を処方され、ずっと眠くて覚醒感が得られなかった生活が一変。でも、「服用したら頭の中がすごく静かになった」という感想が多い中、〈常に複数の考えがランダムに流れ続けているし、なにか外からの刺激があるとさらに次々に思い浮かぶ〉という〈脳内多動〉の状態が消えたわけではない。 〈定型の人〉がいろいろであるのと同じく、ADHDの人の感じ方や在りようもまたさまざまなのである。柴崎さんは、だから、この『あらゆることは今起こる』という本の中で、幼少期から経験してきた自身にとっての困難なことや状況を丁寧に語り起こしている。周囲に助けを求めることができない。襟がない服を後ろ前に着がち。コミュニケーションの線が2本になると脳がフリーズしてしまう。などなど、個人的に困っていることを具体的なエピソードの内に明かす。そのことによって、読者はADHDの多様性に気づかされ、関心を深めていくのだ。 〈他人は自分と感覚が違う。世界を認識する仕方が違う。自分は自分しか体験できない。人の感覚を、認識を体験してみたい、絶対できないからすごく体験したい〉と語る柴崎さんは、だから小説を書いているのだろう。ADHDと真っ直ぐ向き合うこの本は、ゆえに期せずして柴崎文学の美点を明かすものにもなっている。自分の在りようと同じくらい他者の在りようを肯定することの大切さを伝える本書を、全国の学校図書に置いてほしいと、わたしは祈る。 [レビュアー]豊崎由美(書評家・ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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