中高年が知っておくべき「職場転倒」…就業中の傷害事故のトップ
10月10日は日本転倒予防学会が制定した「転倒予防の日」。転倒事故は10月に限らず年間を通して発生しているが、就業中に発生する事故としては最も多い傷害事故だという。近年は副業が解禁となり、少ない給与を補うために仕事を複数持ったり、不足する年金の補填のために定年後も「できるだけ長く働きたい」高齢者が増えている。しかし、高齢者の仕事には若い頃とは異なるリスクがあることを知っておきたい。体力を過信してケガすると仕事ができなくなるばかりか、その後の生活に支障を来す場合もある。 いつまでも健康ではいられない…今から備えておくべき「3つのこと」 厚労省発表の「令和5年における労働災害発生状況について(確定)」によると、令和5年の全雇用のうち60歳以上が占める割合は18.7%。一方、労働災害における休業4日以上の死傷者に占める60歳以上の割合は年々増加していて29.3%。高齢労働者の増加以上に高齢者が職場で事故に遭う率が高くなっている。 高齢労働者の職場のケガの原因は「動作の反動・無理な動作」「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」などさまざまだが、目を引くのが「転倒」だ。休業4日以上の死傷者数(通勤時を除く)を事故の類型別に見ると、「転倒」は前年比2.2%(763人)増の3万6058人だった。 公益社団法人「東京しごと財団」発行の「シルバーとうきょう」(2024年7月16日号)によると、就業中等で発生した傷害事故で多いのは転倒(34%)、墜落・転落(15.9%)の2区分で半数を占めている。職種では屋外清掃、植木作業、屋内清掃、建物管理での事故が多く、半数を占めた。 転倒による骨折が多いのは60歳以上の女性で、そのリスクは20代女性の約15.1倍だというデータもある。ちなみに令和5年の転倒による平均休業見込み日数は48.5日で、前年よりも1日長くなっている。 ■加齢ではなく仕事が原因と証明するのは困難 10月からは短時間労働者の加入要件が緩和され、厚生年金の被保険者数が51人以上で働く短時間労働者は健康保険や厚生年金の加入対象となるなど、高齢労働者への労働環境の整備は進んでいる。しかし、そうしたセーフティーネットはあっても、現実に運用されるかは別だ。 本来、仕事中のケガや業務が原因と考えられる病気は、労災として労働者本人やその家族が事業主の協力を得て、請求書を作成して労働基準監督署に提出。その原因が業務にあるか否かを調査され、労災と認定されると療養にかかる費用や休業中の給与などが補償・給付される。 しかし、高齢労働者のケガや病気の原因が、加齢でなく仕事にあると証明することは難しい。労災が認められないケースも少なくなく、補償を得るのを泣き寝入りする高齢労働者もいる。弘邦医院の林雅之院長は言う。 「最近は百寿者が増えて元気な老人が多いイメージがありますが、個々にみると必ずしもそうではありません。老化が進んで反応が鈍くなっている人や白内障などで足元が見えづらくなったり、筋力の衰えで重心のちょっとした移動で体を支えることができないなど、転倒リスクの高い中高年は多い。ところが、そういう人のなかには『今の高齢者はかつての実年齢より10年若い』などといって無理するケースも。最新の米国スタンフォード大学の研究では、44歳と60歳で体内の分子レベルで劇的変化が起こり、老化が加速することが報告されています。にもかかわらず、お金のために働かざるを得ない高齢者が増え、私のクリニックでも仕事でケガをしたり不調になる人が少なからずいます」 政府は、少子化による労働力不足を補うために、家庭の主婦を職場に送り込み、定年延長で高齢者を職場に駆り立ててきた。そのたびごとに健康における性差や高齢者の老化等のリスクは無視され、職場の健康について十分な情報を発信しているとはいえない。 高齢労働者の中には実質的なセーフティーネットなしで働く人もいる。政府は人手不足ばかりを叫ぶのではなく、高齢な男女が仕事をすることのそれぞれのリスクや、万一のときの補償について積極的に検討する必要があるのではないか。