「日本が最初の標的に」ロシア「核ドクトリン」改訂で専門家が警鐘「プーチンは日本に裏切られたと感じている」
「西側諸国の行動により、『核ドクトリン』の変更が必要になった」 9月4日、ロシアのペスコフ大統領報道官は、こう見解を示した。 【写真あり】プーチンを取り巻く「3人の影武者」 ロシアで、核兵器の使用条件を定めた「核ドクトリン」の改訂に向けた議論が活発化している。発端は6月20日、プーチン大統領が「核ドクトリンの変更を検討している」と述べたことにある。その後も、8月27日にラブロフ外相が、9月1日にリャブコフ外務次官が、それぞれ同じ趣旨を述べている。 ロシアの核ドクトリンの変更――これは何を意味するのか。軍事アナリストで、東京大学先端科学技術研究センター准教授の小泉悠氏が解説する。 「核保有国は、核兵器使用のための指針を持っています。この指針を『核ドクトリン』といいますが、これには2種類あるんです。 1つは『運用政策』という、実際に核兵器を使用する際の戦略そのもの。これは最高軍事機密なので、絶対に公開されません。 もう1つは『宣言政策』というもので、『我々はこんな場合に核を使う』と相手に知らせるための指針です。今回、問題になっているのは後者で、核戦略についてロシアがどこまで明らかにするのか注目されているのです」(小泉氏) 現状はどうなのか。ロシアが現在公表している「核ドクトリン」は2020年の大統領令で定められたもので、敵による核攻撃や国家の存立を脅かす攻撃を受けた場合、核兵器を使う可能性があるとしている。 「これまでロシアは『核兵器を持っていない国に対して自分から核兵器を使わない』『相手が核兵器を使ってきたら、ロシアも核兵器を使用する』『通常戦力で攻められた場合でも、国家存亡の危機となったら核を使う』などを基本方針としてきました。 この方針は、過去24年間、プーチン政権下でずっと貫いてきたものです。ただ、2020年の改定は、ウクライナ戦争が始まる前。当時の感覚で『これだけ言っておけば、“脅し” として十分だろう』ということで決められたわけです」(同) しかし、西側諸国はウクライナにミサイルや戦車を供与し、フランスのマクロン大統領は部隊派遣まで言い出している。さらには、今年8月、ウクライナはロシア領土のクルスクに越境侵攻した。 ロシアの有力紙『コメルサント』によると、戦略ロケット軍アカデミー主任研究員のワシーリー・ラタ氏は、“核の脅し” の効果が薄くなっていることに危機感をいただいているという。 《ロシアの核ドクトリンに関するこれまでの議論では、外務省の意見を容れて、核使用を「国家存立の危機」に限るというソフト路線が採用されてきた。こんなことだから西側の連中は核への恐怖を忘れているのだ。国益と国家の安全が脅かされた場合には核を使用することを明確化するべきだ》 「ラタの主張で興味深いのは、『西側が核の恐怖を忘れている』という文言です。ようするに、『西側の連中は平和ボケになってしまったので、ロシアと事を構えるのは恐ろしいということがわからなくなっている。それを思い出させてやるべきだ』ということです。 こうした過激な主張が目立つようになったのは、やはり、従来の核抑止力が機能しなくなってきているからです。 これまでは、核使用の条件として『国家存亡の危機になった場合』と書かれていた。きわめて曖昧ですが、わざと曖昧にして脅しの道具に使ってきたのです。 核を使うかどうか曖昧にしておき、相手が怖がってくれれば脅しの効果がある、というのは平時の話。いまの有事には、むしろどういう場合に核を使うかをはっきりさせたほうがいいというわけです」(同) では、実際に核ドクトリンはどのように改訂されるのか。ロシアによる核使用の可能性は高まるのか。 「核ドクトリン改訂で、核使用について具体的に書かれる可能性は高いでしょう。それにより “脅し” のボルテージは上がりますが、実際に核使用のハードルが下がるわけではないと思います」(同) 小泉氏は、ドクトリンが改定されても、核使用のハードルが下がるわけではないと分析する。 ■「核使用の可能性が高まっている」とみる専門家も 一方、筑波大学名誉教授の中村逸郎氏の見方は少し異なる。中村氏がこう指摘する。 「プーチンが『核ドクトリン』の改定に着手しようとしているのは、あきらかに核使用のハードルを下げようとしているからです。それは単なる “脅し” ではありません。プーチンはそれほど追い込まれているんです」 プーチン大統領の危機感が強まったのは、アメリカの戦闘機「F16」がウクライナに供与されることが決まってからだという。 「6月にプーチン大統領が『核ドクトリンの変更を検討している』と述べたのは、ウクライナへの『F16』配備を受けてのことでした。『F16』には核ミサイルが搭載可能です。プーチン政権内には、ロシアが核攻撃を受けるのではないかという危機感が一気に広がりました。 同時にロシアは、越境攻撃で、第2次世界大戦以来の他国軍による自国領侵略という『屈辱』を味わいました。じつは日本ではあまり知られていませんが、8月にカタールの首都ドーハで、ロシアとウクライナは停戦交渉をおこなったのです。 ところが、ウクライナによる越境攻撃により、停戦交渉は決裂しました。これで、停戦に向けた両国のパイプが切れた。それにあわせるように、ロシア国内で核ドクトリンの見直しという動きが活発化したんです」(中村氏) 現行のドクトリンでは核抑止力の効果がなくなっているというのは、小泉氏と同様の見方だ。 「これまでは、アメリカをはじめ外国からの攻撃があった場合、あくまでも反撃として核を使うという内容でした。でも、これが現実に合わなくなってきている。ロシアは、自分たちが存亡の危機に立たされる前に核を使用できるよう、ドクトリンを書き換えたい。プーチンが追い込まれている証しです」(同) プーチン大統領の焦りが背景にあるからこそ、ロシアの核使用の可能性が高まっていると中村氏は警告するわけだ。 ■ロシアの攻撃目標は 2024年2月、ロシア軍の内部資料が流出した。それを報じたイギリスの経済紙『フィナンシャル・タイムズ』によれば、ロシア海軍が想定している「核攻撃目標リスト」には、ルーマニア、トルコ、アゼルバイジャン、イラン、韓国、日本、そして “友好国” の北朝鮮、中国など32の攻撃目標があげられていたという。 「32の攻撃目標が設定されているのは、ロシアが核攻撃をかなりリアリティをもって考えているということでしょう。ロシア本土やモスクワを攻撃されても、潜水艦など海軍力で反撃するという、強い意志を感じます。 そもそも、プーチンは外国をいっさい信用してないんですよ。利用できる部分は利用するが、いつ裏切られるかわからないと考えている。ですから、アゼルバイジャン、トルコ、北朝鮮など、比較的友好な国も攻撃対象になっているんです」(同) もちろん、日本もターゲットになる可能性がある。 「日本はロシアと北方領土問題を抱え、ウクライナではロシアに敵対している。安倍政権で約束したロシアへの経済支援も実行されていない。 プーチンにすれば、『日本に裏切られた』という思いが強いんです。それに何と言っても、日本はアメリカの同盟国ですからね。米軍基地が置かれている日本が、ロシアの核攻撃の最初の標的になる可能性もあります」(同) 早ければ秋にも改訂されるといわれるロシアの「核ドクトリン」。“終末時計” の針が大きく進まないといいのだが──。