国産では自信を持ってお客に出せない…創業70年の名店が「サバの文化干し」をノルウェー産に切り替えたワケ
魚の干物は日本で昔から食べられてきた。今、その原料は多くが国産ではなく輸入魚に置き換わっている。時事通信社水産部の川本大吾部長は「老舗店の干しサバも今やノルウェー産になっている。国産では十分な質と量を安定調達できない現状がある」という――。 【画像】長崎県産を原料にして作られたアジの開き ■保存性を高めて旨味を引き出す干物 日本の伝統食ともいえる魚の干物。日本では縄文時代から魚や貝を干して食べていた痕跡が残っており、江戸時代には各藩が地元で獲れた魚を利用して、長期保存が利く庶民の日常的な食べ物として重宝されてきた。 全国津々浦々、さまざまな干物が作られてきたが、今、周辺の魚資源の減少によって、干物の原料となる魚が国産で賄えず、海外から集められて生産されるようになっている。 魚の干物は、単に保存性を高めるだけでなく、旨味をより引き出す効果もある。水分量が多い魚を塩分入りのタレに浸けてから干すことが多く、腐りにくくすると同時に、旨味成分・アミノ酸が増え、旨味が凝縮されておいしく感じられる。 もともとは地元で獲れた魚を有効利用、ひいては付加価値を高めるべく生産されてきた干物だが、今や外国産の原料がじわり浸透している。製造するのは国内各地の水産加工業者なのだが、周辺でたくさん獲れていた魚の水揚げが少なくなり、原料を確保できなくなっているという。
■身が大きく脂が乗った国産サバは安定調達できない 国内有数の魚の水揚げを誇る千葉県の銚子港では、かなり古くから干物生産が盛んに行われてきた。カタクチイワシを使った目刺しや、マイワシの丸干しなどのほか、干しサバの生産も盛んだ。銚子港で魚の仕入れを行う水産業者によると、「20年以上前には、地元で獲れたサバを中心に、多くの業者が干物を作っていたが、今は作れないね」という。 なぜかといえば「干物に向くような、ある程度の大きさで脂が乗ったサバが地元で調達できないから」とこの業者は説明する。銚子では、かつてサバがたくさん獲れた時期もあったものの、ここ何年も水揚げは少なく小型魚ばかり。缶詰用か、飼料や肥料向けが大半を占めるようになっている。 同市の水産加工業者「丸安」でも、乾燥機を使ったサバの「文化干し」の原料は「銚子港の水揚げが不安定なため、かなり前からノルウェー産を使っている」という。仕入れの担当者は、「十数年前、地元の冷凍業者から銚子で揚がったサバを薦められて使ったことがあるが、干物に向く質と量がまかなえず、継続的な仕入れはできなかった。ほかの産地のサバも探したが、なかなか安定して仕入れられる原料は見つからない」と話す。 急激な円安により、仕入れ値は高くなっているが、「十分な量が確保できることと脂の乗りが良いことなど、ノルウェー産のサバにはいい干物を作るのに必要な条件がそろっている」(丸安)と説明する。高品質のサバの干物を安定的に生産するには、今や国産の原料ではまかなえないようだ。 ■老舗ブランドでも10年以上前からノルウェー産 1953年創業、干物の老舗である「判助」(福島県いわき市)では、干しサバの製造に加え、高級ブランド干物店「銀座判助」(東京都中央区)で商品の販売や、併設された飲食店で干しサバ料理を提供し、大人気となっている。判助の加工場担当者によると、「干しサバの原料については、10年以上前からノルウェー産」だという。 仮に常磐・千葉沖などで獲れたサバを使おうとしても、数が揃わないばかりか、小さくて脂の薄いサバが大半で、いつでもおいしいサバの干物を提供するのが難しいというわけだ。その結果、国産サバの多くが飼料や肥料、もしくは缶詰用をはじめ、海外需要に可能性を見いだす輸出に向けられている。 銚子の干物業者も含め、「地元で獲れたサバを主体とした干物作りは、大量生産に向かなくなった。地元中心の小さな干物業者なら別だが、都市部のスーパーなどに納める規模の大きな干物業者にとって、国産のサバが干物原料の主流だったのは今から30~40年も前のことではないか」(銚子の水産業者)とみる。それ以降、次第にノルウェー産の比率が高まってきたようだ。