「読書はセクシー!?」イギリス人が日本文学にハマる理由と“正義”のありか【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
■“ヒーローと悪役”
「多様性」と聞いて思い出した光景がある。息子が通うイギリスの学校で、作家エドガー・アラン・ポーの命日である10月7日の『ミステリー記念日』に、全員が本の登場人物のコスプレをする、というイベントが開催された。今年のテーマは「ヒーローと悪役」だという。 スーパーマンからダース・ベイダー、なぜかイーロン・マスク氏まで、思い思いの仮装に身を包んだ子どもたちが校内を練り歩く。息子は…といえば、学校が毎日、更新するSNSを見ると、私服の「Fujiyama」と書かれた富士山柄のトレーナーに身を包んでいる。週末、学生寮から戻った息子に「あれは何の仮装だったの?」と聞いてみると、「別に。仮装とか恥ずかしいし…」と憮然とした表情。確かに最高学年の半数は仮装せず、私服のまま行進している。「せっかくなんだから、仮装すればよかったのに…」と思わずぼやくと、「だって、そんな場合じゃなかったんだよ」と息子。 聞けば、香港出身の子が「Glory To Hong Kong」という歌を歌いながら行進したところ、中国本土出身の子が「それは分裂の歌だ!」と言ってケンカになったのだとか。香港の子は「これは自由と正義の歌だ!」と主張し、本土出身の子は「香港は中国の一部だ!」と応酬。周囲が双方どちらかに加勢したことで、騒ぎが大きくなったのだそうだ。なるほど…とうなずく。香港で民主化運動に参加し、その後、ロンドンに来た若者4人と話をした際、「ここロンドンでも中国本土から来た人たちは大多数が香港の民主化運動に否定的で、外地にいてさえ香港人同士でしか打ち解けられない」と言っていた。 私が北京に駐在していた頃の記憶がよみがえる。中国ではインターネットやメディアが厳しく制限されているため、この歌がつくられた背景や目的を知らず、ただ“国家の統一を乱すもの”としてしか受け取られないのかもしれない。
■“正義”のありか
「で、君はどっちに加勢したわけ?」と息子に聞くと、「もちろん、香港」と息子は胸を張る。「だって、ママの番組で“香港の独立運動”の話、見たじゃん。みんなが独立したがっているのに、誰かが押さえつけるのっておかしいよ」 う~ん…ここは大切なところだ、と慎重になって尋ねた。 ――君が言う“みんな”って何だろう? 「“みんな”は“みんな”でしょ」 ――そんなテキトーな感じなのに、“みんな”が独立したがっているって、なんで言えるの? 「だってデモとかしてる人、いっぱいいたじゃん」 ――それは君がテレビで見た画面のことだよね。テレビカメラがデモ隊だけ切り取って映しているといっぱいに見えるかもしれないけれど、そのほかの所は、しーんとしているかもしれないよ。 「じゃあ、カメラが嘘ついてるってこと?」 おっと、痛いところを突かれたような気がする、と内心ひるむ。そうだ、と胸に手をあてて考えてみる。地震や台風など災害取材の際、被害が大きいところばかり映してはいないか? 中継場所を選ぶとき、わざわざ崩壊した建物の前に立つのはなぜか? ――ウソはついていない。でも、そこだけ大写しになれば、実際より激しく見えたり、大きく見えたりするかもしれないよね。 「じゃあ、本物よりオーバーに見せてるってことじゃん」 さらに痛いところを突かれ、息苦しくなる母。 ――そういうこともあるかもしれない。だから疑うことが大事なんだよ。ネットに書いてあることも1回「ホントかな?」って疑ってみる。“これが正義だ”って誰かが言っても、何でもハイハイそうですか、って鵜呑みにしない。 私が言うと、息子は特に反応せず、そのまま自室に入っていった。「ちょっと、試験近いんだから、少しは勉強しなさいよ!」と背中に声をかけると、息子は振り向きもせず、勝ち誇って言った。「何でもハイハイって鵜呑みにしない!」 次の瞬間、部屋からYouTubeの音が聞こえてきた。 苦い敗北感を胸にテレビを付けると、BBCに「Middle East War」の赤いタイトルがでかでかと映し出されている。痩せさらばえた子どもたち、子どもの遺体を抱えて泣き叫ぶ母親、親を探して裸足でさまよう小さな男の子…思わず目を伏せる。 子どもに何かを教えようとするとき、言い訳をしているような気持ちになるのは、なぜだろう。それは自分の考え方や生き方に、いくばくかのごまかしが含まれているからではないか。 この日もガザ地区北部では空爆が続いていた。避難民が集まっていた集合住宅では、死者と行方不明者あわせて93人にのぼるという。正義とは、真実とは、いったい何か…今後、息子の問いが難度を増すにつれ、私の胸苦しさも増していくのだろう。まずは今、目の前で起きていることを伝える――できることはそれしかない。重苦しい気持ちでパソコンを立ち上げた。 ◇◇◇
■筆者プロフィール
鈴木あづさ NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会部デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク、報道番組「深層NEWS」の金曜キャスターを経て現職。「水野梓」のペンネームで作家としても活動中。最新作は「金融破綻列島」。