東洋の精神性とアドベンチャーツーリズム【短期連載】なぜいま岡倉天心なのか(3)
市場規模76兆円
世界約100か国から1400会員を擁する国際的なアドベンチャートラベル業界団体「Adventure Travel Trade Association」は、アドベンチャー・ツーリズムを 「アクティビティ体験、自然体験、文化体験の三つの要素のうち、ふたつ以上の要素で構成される旅行」 と定義している。地域独自の自然や地域のありのままの文化を、地域の人とともに体験し、旅行者自身の自己変革・成長の実現を目的とする旅行形態だ。 米国の調査会社Global Market Insights Incは、2023年のアドベンチャー・ツーリズムの世界市場規模は 「4833億米ドル(約76兆円)」 と推定している。 アドベンチャー・ツーリズムの振興に力を入れる観光庁は、知床など手つかずの大自然が残る「東北海道エリア」などとともに、金沢を中心にさまざまな文化や伝統産業の宝庫である「北陸エリア」の魅力を世界に発信しようとしている。
求められる地域資源の活用
国土交通省北陸信越運輸局は、2022年に「金沢能登広域の文化と自然をつなぐ富裕層アドベンチャーツーリズム造成事業」を実施した。 地域の独自性を生かした体験価値創造のためのコンテンツ磨き上げの対象のひとつとなったのが、 「和菓子作り体験 + 茶室での本格茶道体験」 だ。金沢市立中村記念美術館付属の旧中村邸で、季節ごとに合わせた和菓子作りを体験した後、茶室「耕雲庵」で茶の先生がたてたお茶と一緒に和菓子を楽しむ体験だ。 耕雲庵は、江戸末期の豪商、木谷藤右衛門が京都の数寄屋大工に建てさせた茶室だ。天心が称揚した「茶の湯」の深い精神性が、アドベンチャー・ツーリズム時代のコンテンツとして生かされようとしているのである。 トヨタグループのアトコ(愛知県名古屋市)が企画した愛知県犬山市の観光コースにも、「日本庭園有楽苑」にある国宝茶室「如庵」の特別観覧が組み込まれている。「如庵」観覧を含む観光コンテンツは、観光庁の「地域観光新発見事業」の重点支援事業にも選ばれている。 また、姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」にある茶室「双樹庵」では、美しい庭を眺めながら抹茶とお菓子を楽しむことができ、外国人観光客が注目するスポットとなっている。
精神的価値を見つける旅
一方、台湾のアドベンチャー・ツーリズムにおいても、茶の文化が注目されている。 例えば、台北市内の閑静なエリアに位置する茶芸館「竹里館」で、館主の黄浩然氏が自家焙煎した上質なウーロン茶をゆっくりとした時間の流れのなかで楽しむという体験型ツアーだ。 アドベンチャー・ツーリズムによって外国人観光客が、日本の地域の魅力を発見し、それによってそこに住んでいる人も、自分たちの地域の魅力を再発見する。 アドベンチャー・ツーリズムの拡大は、東洋人自身がその 「精神的価値を再発見する契機」 になるのかもしれない。
坪内隆彦(経済ジャーナリスト)