ソフトバンク育成2位のち中日→戦力外でトライアウトから5年…地元で社会人監督「僕が悪ければ選手に謝ります」“独立Lの星”亀澤恭平36歳の今
又吉を中日に紹介したのは僕なんです
174cm77kgという小さな体ながらも中日での目覚ましい活躍は、独立リーグの「希望の星」という印象だった。 「プロ野球生活で鮮明に覚えているのは、2015年の開幕シリーズ、僕の一軍デビューの試合で打った初ヒットですね。でも、それ以外はあまり覚えていないです」 このように語る亀澤は“ある後輩”の存在によって、独立リーグからプロ野球へのルートを確立する役割を果たしてもいた。 環太平洋大学時代、2年後輩だった又吉克樹である。亀澤はこう明かす。 「又吉を中日に紹介したのは僕なんです」 又吉は独立リーグの選手としては当時史上最高となるドラフト2位で中日に入団し、ルーキーイヤーの2014年から4年連続で2けたホールドをマークするなどリリーフの一角として定着。22年にFAでソフトバンクに移籍後も年間30~40試合に登板するなど、34歳の今も一線級である。 「ドラフト2位で中日に入って活躍してくれたのは、独立リーグのいいアピールになったと思います」 また、松本直晃という又吉の大学同期の投手も、亀澤いわく「僕の後を追いかけて」香川からドラフト10位で西武ライオンズに入団している。 「僕が大学から独立リーグ、プロ、という道を指し示すことができたことで、後輩の進路ができたことは良かったかな、と思いますね。自分自身は8年目のオフに戦力外通告を受けたのですが、その時には僕は、プロ野球の世界はだいたい分かったので、もういいかな、と思いました」
決め手は「地元から必要とされている」
亀澤は2019年限りで中日を退団。12球団合同トライアウトに参加して2安打4出塁をマークした。2020年には琉球ブルーオーシャンにコーチ兼任選手で所属するが、コロナ禍で活動できず。翌2021年に引退を発表した。それから間もなくに就任したのは、社会人野球クラブチーム・ショウワコーポレーション硬式野球部の臨時コーチだった。 このチームの監督は、元阪急ブレーブスの加藤安雄氏だったが、この年11月には加藤氏に代わって監督に就任した。 「やめてからいろんな道を模索しました。いろいろなオファーもいただいたんですが……やはり決め手となったのは『地元から必要とされている』ということでした」 ショウワコーポレーション硬式野球部は、1994年、岡山県美作市に地域のクラブチームとして誕生。1997年には全日本クラブ選手権でベスト8に進むなど急成長し、人材派遣・業務請負会社「ショウワコーポレーション」の支援を受けて、クラブチームの強豪として注目されている。岡山出身の亀澤監督になってからは、2023年全日本クラブ野球選手権にて初優勝を果たし、社会人野球日本選手権大会にも出場している。 「僕が監督に就任してからは、都市対抗出場、クラブ選手権日本一と、プロ野球選手の輩出を3つの目標にしています」 亀澤はこのように語る。
【関連記事】
- 【こちらも→】戦力外ドラ1「投げるのは最後かも」「歯が立たなかった」トライアウト人間模様の舞台ウラ
- “トライアウト廃止”提案は「現役ドラフト」も要因か…大竹耕太郎に細川成也、水谷瞬の活躍と戦力外「二軍で塩漬け逸材」新天地の成績は?
- 「涙のDeNAおじさんが周りにアイスを」「山川も甲斐も…」日本シリーズ全戦観戦で見た“下剋上の全て”…貯金42ホークスの異変が起きるまで
- 【貴重写真】大谷17歳ガリガリなのに特大HR!「岡田監督15歳なんて見たことない…」ぷっくり捕手な村上17歳やブレザー姿の山本由伸…名選手160人超の高校時代を見る
- DeNAを激変させた選手ミーティング…筒香嘉智が提案、牧秀悟が招集、あのベテランの発言で「ムードがガラッと変わった」