再選狙う小池都知事がぶち上げていた「満員電車ゼロ」「多摩格差ゼロ」の鉄道整備計画は本当に実現できるのか?
■ 2030年代半ばに開業を目指す「多摩都市モノレール延伸」の行方 結局、多摩ニュータウンという巨大な実験都市に鉄道各社は翻弄されたわけだが、それは東京都も例外ではなかった。 東京都や沿線自治体、民間企業が出資して発足した多摩都市モノレールは、約93kmにもおよぶ長大な鉄道路線として立案された。そのうち、まず1998年に上北台駅―立川北駅間が、そして2000年に立川北駅―多摩センター駅間が開業する。これで多摩都市モノレールは現在の姿になるが、その総延長は約16kmしかなく、当初策定された計画の93kmには遠く及ばない。 多摩センター駅までを開業させた2000年以降、多摩都市モノレールの整備に目立った動きはなかった。その間に立川駅や多摩センター駅周辺で沿線開発が進められ、企業・商業施設や大学・研究機関の開設が相次ぐ。 こうした沿線開発が奏功し、2003年には1日の平均乗降客数が20万人を突破。コロナ前の2019年には約28万6000人まで増加するなど、30万人の大台も視野に入っていた。だが、それがコロナで暗転する。 そうした状況の中、2023年末に小池都知事が多摩都市モノレールの延伸を発表。発表された延伸区間は多摩都市モノレールの北端に位置する上北台駅から八高線の箱根ケ崎駅間の約7.0km。 上北台駅は東大和市内に立地しているが、武蔵村山市境から至近の距離にある。その上北台駅は将来を見越して延伸可能な構造で建設されていた。つまり、政治が決断すれば多摩都市モノレールの延伸はすぐに実現できる話でもあった。しかし、費用対効果などを理由に23区への重点投資が優先され、なかなか政治は決断を下せなかった。 その間も、武蔵村山市は多摩都市モノレールの延伸を訴え続けてきた。その理由は、“東京都内で唯一鉄道がない市”だったからだ。そんな不名誉な称号は、通勤に不便というイメージを増幅させる。それが解消できればベッドタウンとしての発展も期待できる。そんな思いから、武蔵村山市はモノレール延伸を粘り強く訴え続けてきたのである。 鉄道は立案から計画、着工、そして開業までスパンが長い。そのため、計画を決定した知事が在職中に実現することはまれで、走り始めるのは20年後、30年後だ。多摩都市モノレールの延伸開業は2030年代半ばを開業目標にしているので、知事としてスポットライトを浴びるのは小池都知事ではなく、別の人物になるだろう。 こうしたタイムラグも政治家が鉄道政策を打ち出しにくい一因となっている。鉄道に関する政策は自身の手柄として誇示できないので、票に結びつきにくい。ゆえに選挙で鉄道を政策として掲げる政治家・候補者も少ない。 しかし、私たちの暮らしに鉄道は欠かせない。特に、東京において鉄道と無縁な生活を送ることは難しい。それだけに、選挙において鉄道政策や駅前の整備計画などはもっと活発に議論されてもいいだろう。
小川 裕夫