<高校野球物語2022春>/10 16歳エース「愛される力」 大阪桐蔭、初の神宮V導く
大阪桐蔭の1年生左腕・前田悠伍は多くの星が輝く夜空に突然、現れた超新星のようだ。昨夏まではメンバー外。昨秋、甲子園で登板経験のある上級生をごぼう抜きして主戦投手になり、大事な試合を次々に任され、チームを初の明治神宮大会優勝に導いた。急成長の理由に「愛される力」があった。 高校野球界をけん引する大阪桐蔭で、秋に1年生が主戦を務めるのがどれだけすごいのか。西谷浩一監督(52)が挙げる2人のビッグネームが裏づける。「最近では藤浪(晋太郎、阪神)以来ですね。その前は中田(翔、巨人)」。藤浪も中田も秋は近畿大会の初戦で敗れ、2年時のセンバツは出場していない。 昨秋の公式戦の防御率0・78は今回のセンバツの主力投手でトップ。昨秋までに高校通算50本塁打を放った佐々木麟太郎(花巻東)らとともに「1年生四天王」と呼ばれる。マウンドで仁王立ちし、三振を奪い、ピンチをしのぐと、よくほえるが、普段の練習ではもう一つの顔がある。 急成長の要因につながる「横顔」を知るには、まずは「ハンマー」というニックネームの経緯をひもときたい。 2学年上で昨年の春夏の甲子園に出場した外野手の野間翔一郎(18)に前田は顔が似ている。「笑顔がめっちゃ似てるんですよ」と笑う前田。野間は打撃ケージを固定するクギを打つ係で、チームメートから「ハンマー」と呼ばれていた。前田はクギ打ちの係ではないが、野間のニックネームを引き継いだ。「今も2年生から『ハンマー、ハンマー』といじられるけど、自分も気にせず、先輩にグイグイいく。堅苦しくないのがいい」。高校の部活動らしいほほ笑ましい話だが、先輩から可愛がられる性格は前田の天性の才能だ。 明治神宮大会で効果的だった新球のツーシーム。直球の球速に近い変化球が欲しかった前田は、昨夏の大阪大会前に当時エースだった最速150キロ左腕・松浦慶斗(18)=日本ハム=に教えてもらった。 入学当初、前田は186センチの長身で多弁ではない松浦に対し、「近寄りがたく、仲良くなるのは無理かな」と思っていた。だが、ブルペンで一緒に投げる機会があった時に松浦から「お前、なかなかいいんちゃう」と褒められた。こうなると、先輩好きの前田はどんどん話しかけていく。持ち前の「愛される力」で、わずか数カ月で親しい間柄となった。ツーシームは当初は制球が定まらなかったが、昨秋の近畿大会後に再びアドバイスをもらい、完成させた。 ◇先輩に恵まれ急成長 スライダーも憧れの先輩から褒め言葉をもらったのが大きかった。滋賀県長浜市出身の前田は中学2年の冬、所属した硬式の湖北ボーイズにOBとして「里帰り」した横川凱(21)=巨人=に頼んで投球を見てもらった。前田にとって憧れの存在である横川から「スライダーの投げ方がいい」と称賛された言葉を胸に、スライダーに磨きをかけ、今では投球の軸の一つになった。 横川を追いかける形で、大阪桐蔭に進学。入部後まもなくすると、前チームの主将、池田陵真(18)=オリックス=から新たな目標をもらった。シート打撃で池田と初対戦し「ベストボール」を右中間へ柵越えされた。12歳以下日本代表の経験があった前田は「こんな簡単に打たれるのは今までなかった」。 初めての経験に前田は笑った。「もっと力をつけて3年生を抑えたい」。負けず嫌いに火がつき、2学年上の松浦や最速154キロ右腕の関戸康介(18)とブルペンで張り合うように投げ込んだ。入学当時に140キロだった直球の最速が5キロ伸びた。 前田は「いい先輩に恵まれている」と感謝する。下級生は伸び伸びやらせ、失敗しても上級生がサポートするという西谷監督の方針も成長を促した。 「大阪桐蔭に入る前は笑顔がない堅いイメージがあったが、違った。伸び伸びやれている」。ベンチ入り唯一の下級生だが、気負いはない。モットーである「野球を楽しむこと」を忘れず、「初代・ハンマー」からもらった帽子をかぶり、16歳は初めて甲子園の舞台に立つ。【安田光高】=つづく