南シナ海で進む日米比の安保協力:中国の強硬姿勢に対抗
飯田 将史
南シナ海における中国の強硬姿勢に対抗し、フィリピンと米国、日本の3カ国が急ピッチで安保協力を強化している。4月の日米比首脳会談では「共同ビジョン声明」を発表。中国はこれに強く反発している。
フィリピンに強硬な姿勢をとる中国
中国は南シナ海において、スプラトリー諸島(南沙群島)やパラセル諸島(西沙群島)などの領有権と海洋権益をめぐってフィリピンやベトナム、マレーシアなどと対立を続けている。1970年代から中国は軍事力を実際に行使するほか、軍事力による威嚇などを通じて南シナ海における支配を拡大してきた。2012年には、海上法執行機関の船舶を用いて、スカボロー礁(黄岩島)の支配をフィリピンから奪ったのである。その後も中国は、南シナ海で造成した人工島を軍事基地化し、中国海警局の船舶や海上民兵の活動を強化することなどにより、南シナ海でのプレゼンスを強化してきた。
23年になると、中国による力に依拠した現状変更の矛先が再びフィリピンに向けられるようになった。同年2月には、フィリピン軍が座礁させた揚陸艦「シエラ・マドレ」に海兵隊員を常駐させて支配しているスプラトリー諸島のセカンド・トーマス礁(仁愛礁)付近の海域で、中国海警局の船舶がフィリピン沿岸警備隊の巡視船に対して、軍用レベルの強力なレーザー光線を照射して航行を妨害した。8月には、セカンド・トーマス礁の海兵隊員への補給を試みたフィリピンの巡視船に対して、中国海警船が放水を行った。また10月には、セカンド・トーマス礁へのフィリピンによる補給の妨害を試みた海警船が、フィリピンの補給船に衝突する事態が発生した。さらに24年3月には、中国海警船がフィリピンの補給船に対して強力な放水を行い、補給船が破損し、乗組員が負傷する事態が発生したのである。
マルコス大統領の政策転換が契機?
このように南シナ海において中国がフィリピンに対して強硬な対応をとるようになった理由の1つは、2022年6月に就任したマルコス大統領による政策の転換であるだろう。前任者のドゥテルテ大統領は、同盟国である米国との対立を辞さない一方で、中国との関係強化を図った。ドゥテルテ氏は、2016年7月に国際仲裁裁判所が南シナ海における中国の権益主張を全面的に否定する判断を下したにもかかわらず、その順守を中国に強く求めなかった。北京を訪問して習近平主席と会談し、フィリピンのインフラ整備に対する多額の支援の約束を取り付けた。他方でフィリピン軍と米軍との共同訓練を中止・縮小し、米国との訪問軍協定(VFA)の破棄を宣言するなど、米国との同盟関係を動揺させたのである。 これに対してマルコス大統領は、主権に関して中国に譲歩しない姿勢を明確にした。中国に対して16年の仲裁判断を順守するよう明確に要求。また米国との同盟関係の強化を進めた。22年9月に訪米し、バイデン大統領との間で米比相互防衛条約の重要性を再確認した。23年2月に米国のオースティン国防長官がマニラを訪問した際には、14年に締結された米軍によるフィリピンの基地の使用を可能とする防衛協力強化協定(EDCA)に基づき、従来使用を認めていた5カ所の基地に加えて、台湾に近い基地を含む4つの基地の使用を新たに認めることで合意した。また、「バリカタン」をはじめとした米軍とフィリピン軍の共同演習の規模を拡大するなど、米比両国の防衛協力を着実に強化した。 中国側は、中国海警船がセカンド・トーマス礁に向かうフィリピンの補給船の航行を妨害する理由として、ドゥテルテ政権と中国政府との間での「合意」をマルコス政権が守っていないことを挙げている。中国側の主張によれば、フィリピン側がセカンド・トーマス礁への補給物資を水や食料に限定し、施設の修理や補強に必要な材料を持ち込まない限り、中国側がフィリピン側による補給を黙認するという合意が両国間でなされていたという。 中国は、マルコス政権がセカンド・トーマス礁へ建築材料などの補給を行っていると非難し、補給船への妨害を正当化している。他方でマルコス政権は中国が主張する「合意」は関知しておらず、存在したとしても受け入れを拒否すると表明した。 もちろん、中国が主張する「合意」がドゥテルテ政権との間に存在したとしても、文書化された公式な国家間の合意ではなく、マルコス政権の政策を拘束するものではない。それにもかかわらず、この「合意」を理由に南シナ海での強硬対応の正当性を主張することによって、中国はマルコス政権に対してドゥテルテ政権がとった南シナ海問題に関する政策へと回帰することを要求しているのである。まさに、力に依拠して政策の変更を強要する試みである。