【今見るべき映画】秋の夜長のおともに。指揮者・野津如弘が薦める「音楽を描いた映画」3選
この秋、上映される、音楽家の人生の悲喜こもごもを描く秀作を、指揮者・野津如弘がナビゲート! 今見るべき新作映画(画像)
「お前はどっちの味方なんだ」「女性の味方よ!」── 『ロール・ザ・ドラム』
ブドウの収穫時期を迎え、はたして今年の出来はどうだったか気になる秋となった。一作目は、ワインの産地として知られるスイス南部ヴァレー州のとある村を舞台に、地元のアマチュア吹奏楽団の分裂騒動に端を発して、次第に明らかになっていく村の人間模様が描かれたコメディータッチの作品をご紹介しよう。 時は1970年。モンシュ村の吹奏楽団を指揮するアロイス(ピエール・ミフスッド)はワイン醸造家で、音楽祭のオーディションでの合格を目指して奮闘するものの、指揮者としての力量や高圧的な態度に仲間内からも不満が噴出。楽団は分裂し、村出身のプロの音楽家ピエール(パスカル・ドゥモロン)を指揮者として迎えた新グループと対決することになる。そこに女性参政権や外国人労働者の問題も加わり、村人同士の対立、夫婦仲の亀裂、親子間の確執など複雑に絡み合って物語は展開していく。 新グループは、女性や外国人労働者など加わり多彩な集まり。ワイナリーでは主に収穫時に季節労働者を雇うのだが、この作品ではイタリアからの労働者たち(ヴァレー州は南でイタリアと国境を接している)が描かれている。彼らが寝泊まりしている小屋で奏でる音楽が実に魅力的。
スイスは知られざるワイン大国だ。舞台となっているヴァレー州では、ローヌ川渓谷に沿ってワイナリーが広がる。背後にマッターホルンを望む風光明媚な土地だ。白ワインはシャスラが、赤はピノ・ノワールとガメイをブレンドした「ドール」が有名。秋の夜長、映画を観た後は、スイスワインで一杯というのもよい。 『ロール・ザ・ドラム』 新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、ストレンジャー(墨田区)他全国公開中
「氷のような弾き方はしたくない」── 『恋するピアニスト フジコ・ヘミング』
2024年4月に亡くなったピアニスト、フジコ・ヘミングの最晩年を記録した音楽ドキュメンタリー。どんなに苦しいことがあっても音楽とピアノに人生を捧げた彼女の一途な人柄を、美しい音楽と映像で描き出す。 冒頭、2023年パリのコンセルヴァトワール劇場でのリサイタル。十字を切って演奏を始める姿が印象的だ。1811年に建てられ、数々の名演奏が繰り広げられた歴史的会場で、フジコが白いアンティーク調のレースのドレスを纏い演奏を始めると、まるでタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。 作品中、演奏される《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、ラヴェルがコンセルヴァトワール在学中の1899年に書いた作品。《月の光》を書いたドビュッシーもここで学んだ。しかし、《ラ・カンパネラ》を書いたリストは外国人という理由で入学を断られている。