【今見るべき映画】秋の夜長のおともに。指揮者・野津如弘が薦める「音楽を描いた映画」3選
古いものを大切にし、自分が価値を見出したものを自分の宝物とするフジコ。コロナ禍で空き巣に入られたというパリの自宅で、泥棒に盗られなかった「宝物」を愛おしそうに見つめる。壁にはフジコが恋した音楽家たちの肖像画や写真が掛けられていた。 「氷のような弾き方はしたくない」と語るフジコのピアノのあたたかな音色に包まれ、彼女の言葉の数々が心に沁み入る作品となっている。 『恋するピアニスト フジコ・ヘミング』 新宿ピカデリーほか全国劇場にてロードショー
「全ての花が刈られても 春は必ずやってくる」── 『ビバ・マエストロ! 指揮者ドゥダメルの挑戦』
1975年、南米ベネズエラで始まった音楽教育プログラム「エル・システマ」。ホセ・アントニオ・アブレウ博士が、音楽を通じて若者を貧困と犯罪から救うという理念のもと、わずか11名の子どもたちのオーケストラでスタートさせた社会運動は、これまでに200万人以上の子どもたちに音楽教育を授けてきた。本作の主演グスターボ・ドゥダメルも「エル・システマ」で音楽を学んだ一人。現在、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ、ロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督を務め世界的に活躍する彼が、ベネズエラの政治的混乱に巻き込まれ、翻弄されながらも音楽と共に歩んでいく様子を追ったドキュメンタリーだ。 反政府デモで若い音楽家が殺害されたのを受け、マドゥロ政権に対し批判的な文章を発表したことで、ドゥダメルは祖国に戻れなくなり、シモン・ボリバル・オーケストラのツアーも次々にキャンセルとなっていく。混乱を極めるベネズエラから海外へと移住するメンバーも現れてオーケストラの未来も危うくなっていく中、「エル・システマ」創設者アブレウが亡くなる。
チリのサンチャゴで行われた追悼公演の食事会で、ドゥダメルが「全ての花が刈られても 春は必ずやってくる」と、恩師アブレウに教わったという詩人パブロ・ネルーダの言葉を用いて仲間に語りかけるシーンは感動的だ。政治と音楽や芸術が無縁ではないということをあらためて考えさせられた。 『ビバ!マエストロ 指揮者 ドゥダメルの挑戦』 角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか 全国公開中 BY YUKIHIRO NOTSU 野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。