「東大生・京大生は頭がいい」は錯覚…学校教育を真面目にコツコツ積み上げてきている人たちに足りない視点
頭がいいとは何か。外山滋比古氏の『新版 思考の整理学』(ちくま文庫)によると「教える側が積極的すぎて、親切すぎて、学習者を受け身にしてしまっている」という。現役東大生の西岡壱誠さんが本書を紹介する――。 【この記事の画像を見る】 ■東大生・京大生の「弱点」を見事に言い当てる みなさんは、外山滋比古著『思考の整理学』を読んだことはありますか? 『思考の整理学』は、東大・京大の生協の売れ筋ランキングで1番になることが多い本であり、東大生と京大生のバイブルになっています。 東大生の友達でも「この本が今まで読んだ本の中で一番好きだ」という人も多いです。ただ、恥ずかしながら自分は、東大に入ってから長いことこの本を読んだことがありませんでした。 大学3年生に入ったあたりで、「有名だし、読んでみようかな」と思い立って、ある休日に一気に読んでみました。そして、「そりゃ、バイブルになるのも納得だ」と感じたのです。 この本を読む前は、「何がそんなに東大生・京大生の心を掴むんだろう? そんなに有益な情報が書いてあるのかな?」と不思議に思っていたものですが、この本を読んでその疑問は氷解しました。 読んでいて、「そりゃ、人気になるわ!」と思わず口に出してしまいそうになったほどです。本書は、東大生・京大生のような、学校教育を真面目にコツコツ積み上げてきた人たちの「弱点」を見事に言い当てて、その弱点を打破するための方法を教えてくれるものだからです。
■自分は本当に、「頭がいい」って言っていていいのか 受験勉強を積み上げている人たちのほとんどは、学校教育に染まっていて、「勉強というものは教えてもらえるのが当たり前だ」という認識になっていってしまいます。 「いいかい、これはこうなんだよ」と教わり、そこから先の広がりに関しては学ぼうとはしなくなります。僕も、「東大に合格しているんだから、自分は多くの人よりも、頭がいいはずだ」とプライドを持っていました。 ですが、この本を読んでいて、「自分は本当に、『頭がいい』って言っていていいのか?」と根本から揺さぶられました。 この本では、学校教育のことを「教える側が積極的すぎて、親切すぎて、学習者を受け身にしてしまっている」ということを語っています。 「これはこういうものなんだよ」と教えられて、それに対して疑うこともなく、「そういうものなのか」とただ受け入れてしまっている。それは教育というもののあり方として間違っている、と。 ---------- いまの学校は、教える側が積極的でありすぎる。親切でありすぎる。何が何でも教えてしまおうとする。それが見えているだけに、学習者は、ただじっとして口さえあけていれば、ほしいものを口へはこんでもらえるといった依存心を育てる。 学校が熱心になればなるほど、また、知識を与えるのに有能であればあるほど、学習者を受身にする。本当の教育には失敗するという皮肉なことになる。(P.18より) ---------- ■丸暗記するだけで、それ以上の領域に足を踏み入れない この記述を読んでいて、僕はあることを思い出しました。それは、地理という科目についてです。地理では、日本と世界の産業について学びます。そして大抵、教科書や参考書には、こんな記述があります。 「先端技術産業では、水を多く消費するので、水が得られやすい地域に工場が立地する場合が多い」。 地理を勉強したことがある人なら、みんな読んだことのあることだと思います。ですが、よく考えると、これって不思議なんですよね。 「なんで先端技術産業では水を多く消費するんだろう?」と思いませんか? でも、その理由について書いてある参考書は少なく、また学校でもその理由を教わることはほぼありません。習わないから、テストでも出題されませんし、多くの人は「そうなんだ、先端技術産業では水を使うんだな」と丸暗記するだけで、それ以上の領域に足を踏み入れはしません。 その先はないものとして扱ってしまい、「先生が話していなかったし、テストでも出ないから。後から戻ってこなくてもいいだろう」と、学びをストップさせてしまうのです。 本書を読んでいると、そんな「本当は疑問に思っていたんだけれど、でも教わらなかったから勉強しなかった部分」「『なぜだろう?』と感じたことはあるけれど、自分から答えを調べようとしなかった事項」を思い出して、大きく反省することになります。