第76回エミー賞受賞結果に表れたテレビ業界のフラストレーション 現地ライターがレポート
『SHOGUN 将軍』の快挙で日本でもたくさんの報道が出ているが、2024年(2度目)のプライムタイム・エミー賞は、予想通り『SHOGUN 将軍』、そしてディズニーの大勝利だった。だが、いくつかの番狂わせもあった。実はそこに、テレビ業界が抱えるフラストレーションが表れていた。今年はテレビ中継や受賞後のオンライン記者会見ではなく会場でエミー賞を鑑賞し、そこで目撃した生のエミー賞について書いてみたい。 【写真】ドラマシリーズ部門作品賞を受賞した真田広之、アンナ・サワイら『SHOGUN 将軍』チーム テレビ番組の祭典であるエミー賞は毎年4大ネットワークが持ち回りで放送している。第76回の視聴率(人数)は約687万人で、今年1月の第75回の446万人から実に50%近く視聴者数を増やしている(※1)。コア視聴層と言われる18歳から49歳の視聴率が17%アップしたのは、大量ノミネートを果たした『SHOGUN 将軍』や『一流シェフのファミリーレストラン』、『私のトナカイちゃん』がミレニアル世代やジェネレーションZにウケていたからだと思われる。1月に行われた第75回の視聴率不振は、脚本家と俳優のダブルストライキを経て授賞式が4カ月以上遅れたこと、アメリカンフットボールのプレーオフ中継と重なり、日曜ではなく月曜に放送されたこと、放送局がFOXだったことが理由に挙げられる。今回の放送局はABC。アカデミー賞を何年も放送している“アワードショーのエキスパート”で、親会社はこの夜の主役ウォルト・ディズニー・カンパニーである。ただしテレビ番組としてのエミー賞は、テレビ関係者でなければ集中力が続かない冗長で凡庸なものだった。つまりは、まだまだ改善の余地があるということ。 ディズニー傘下のFXは『SHOGUN 将軍』と『一流シェフのファミリーレストラン』などで合計36受賞、『私のトナカイちゃん』が好調だったNetflixが24受賞、授賞式の最後の最後で特大の番狂わせとなった『Hacks(原題)』のHBOが14受賞となった。番狂わせと書いたが、司会を務めたユージンとダンのレヴィ親子のオープニングモノローグからすでに予兆が表れていた。「『SHOGUN 将軍』の細部へのこだわりと言ったら……英語で書いた脚本を日本語に訳し、さらに英訳された字幕を読んでいるのです」、「みなさんは『一流シェフのファミリーレストラン(英題:The Bear)』がコメディかどうかのジョークを期待しているでしょうが、“The Bear(耐えるという意味)”の精神に則りジョークにはいたしません」。全部門スイープ(総取り)かと思われていた『SHOGUN 将軍』は、『窓際のスパイ』にドラマ部門脚本賞を奪われている。「翻訳の翻訳でも脚本の精度は保たれるのか?」というテレビシリーズ脚本家たちの呟きが聞こえるような結果だ。コメディ部門脚本賞を受賞した『Hacks』チームはじゃんけんで喋る係を決め、横から茶々を入れるというコメディ部門にふさわしいスキットでスピーチを行った。シーズン2でシリアスな展開が続いた『一流シェフのファミリーレストラン』のスイープを阻んだばかりか、コメディの基礎を壇上で示してみせた。授賞式の大トリ、コメディ部門作品賞でも番狂わせが発生した。『SHOGUN 将軍』がドラマ部門作品賞を獲り、FXの番組が両部門を独占する流れを期待していたはずが、読み上げられたのは『Hacks』。プレゼンターのキャサリン・オハラが「どれも素晴らしい作品なのに、1つを選ばないとダメなの?」と言いながら封筒を破り捨てる演出も、結果を知ると複雑な気分になる。 『一流シェフのファミリーレストラン』の悲劇は、応募カテゴリー選びにある。各スタジオはできるだけ多くの賞を確実に手にするために、慎重にカテゴリー調整を行う。アカデミー賞の助演・主演部門や、ゴールデングローブ賞のドラマ部門・ミュージカル&コメディ部門でも同様の軋轢が起きている。『一流シェフのファミリーレストラン』はシーズン1からコメディ部門に属していたが、今回対象となっているシーズン2はコミカルな要素が少なく、主人公カーミィとレストランの仲間たちが抱えるトラウマとの戦いがテーマになっていた。これをコメディと呼ぶのはさすがに無理があると批評されていた通りになってしまった。また、第75回で助演女優賞を受賞したアヨ・エデビリは主演女優賞部門に移ったところジーン・スマート(『Hacks』)に敗れ、助演にはティナ役のライザ・コロン=ザヤスが入り、強敵メリル・ストリープ(『マーダーズ・イン・ビルディング』)に勝ち初受賞、命運が分かれた。ちなみにこれも「エミー賞あるある」だが、今回の対象期間は2023年6月から2024年5月放送・配信分。ティナと店(リッチー&マイキー)との出会いを描いたアヨ・エデビリ演出の珠玉のエピソード「ナプキンズ」はシーズン3で、来年度第77回の対象となっている。今年1月の第75回でも、シーズン1対象なのにシーズン2の大人気エピソード「フォークス」のリッチー役エボン・モス・バクラックが受賞している。ノミネーション発表後、投票期間近くに配信を行い記憶に留めてもらうテクニックにまんまとハマりすぎている。リッチーは今回も受賞しているので、ティナも引き続きノミネートされると思うが……。 今年のディズニーの強さは、HBO(Max)の弱さの表れでもある。予想記事でも書いたが、看板番組が終了し人気作品もストライキの影響で遅延しているなか、キャンペーンにも熱が入っていなかった。ほぼノーキャンペーンのなかノミネーションに入った『シンパサイザー』のロバート・ダウニー・Jr.は大方の予想に反し、アカデミー賞に続き今年2本目の助演男優賞トロフィーを受け取ることはなかった。受賞したラモーネ・モリスこそ大穴中の大穴で、『FARGO/ファーゴ』の高評価と人気が本物だったことを物語っている。ジョン・ハムは『モーニング・ショー』(ドラマ部門助演男優賞)と『FARGO/ファーゴ』(リミテッドシリーズ部門主演男優賞)で候補入りしていた。ちなみに『FARGO/ファーゴ』もFX作品。FXはHBOの座を狙おうとしているのだろう。