話題沸騰!二期会&コンヴィチュニーの《影のない女》開幕
10月24日(木) に初日を迎えた東京二期会オペラ劇場のリヒャルト・シュトラウス《影のない女》。鬼才ペーター・コンヴィチュニーが演出する新制作プロダクションだ。ゲネプロ(最終舞台稽古)を取材した[10月22日(火) 東京文化会館大ホール]。 【全ての画像】『影のない女』舞台写真(全10枚) シュトラウスのオペラの代表作のひとつとして知名度は高い《影のない女》だが、上演機会は少ない。過去の日本での上演は、1984年ハンブルク国立歌劇場(日本初演/クルト・ホルス演出)、1992年バイエルン国立歌劇場(三代目市川猿之助演出)、2010年新国立劇場(ドニ・クリエフ演出)、2011年マリインスキー・オペラ(ジョナサン・ケント演出)だけ。今回が13年ぶり5度目、そして初のオール日本人キャストでの上演となる。 大きな話題はペーター・コンヴィチュニーが演出を手がけていること。“読み替え”を駆使して、現代的な視点から作品の本質をえぐり出す手法が、新たな作品を発表するたびに賛否両論を巻き起こす世界的演出家だ。《影のない女》は初演出。もともとが幻想的な物語が巨匠の創造力とあいまって、じつに斬新な舞台が誕生した。 「影」は、このオペラでは出産・多産の象徴だ。霊界で生まれた皇后には影がなく、子が産めない。あと3日以内に影を手に入れないと、夫である人間の皇帝は石となり、彼女も霊界に戻されてしまう。皇后はお付きの乳母に導かれて染め物屋バラクの妻の影を奪い取ろうと企てるが、彼ら夫婦の人生と引き換えにするわけにはいかないと悟り、それを断念する。するとその無私の誠実さが認められて影が与えられる。バラク夫妻もこの試練を機に真の夫婦愛に目覚め、2組の夫婦の喜びの四重唱でフィナーレ……。 というのがこのオペラ本来のあらすじなのだが、「子を産むことこそが女性の役割」と受け取れるようなテーマは、現代社会の多様性にそぐわない。事前に東京二期会のwebサイトに発表された独自の「あらすじ」に示されているように、コンヴィチュニーは全3幕を2幕に組み替えるとともに、スコアの順番を大胆に入れ替えた。 女が男のために子を産むことを讃美するような終幕のハッピーエンドを破棄。代わりに、元の第2幕の幕切れを衝撃的に読み替えたラストシーンが置かれている。これはもう、新しい、もうひとつの《影のない女》と言ってもいいかもしれない。 ちなみに皇帝は反社会的組織のボス。皇后は霊界の娘でなく、敵対する勢力の娘という設定。バラクは染め物ならぬ、染色体を研究する遺伝子操作研究所の所長だ。バラク夫妻のセリフには、台本にない日本語の会話も加えられている。 少なからずクセが強い演出。おそらく今回もファンのあいだで、賛否両論、侃侃諤諤の議論が繰り広げられることになりそうだ。でも、それも込みでオペラの楽しみと考えてもいいと思う。隣の席の友人や仲間と好き嫌いが分かれ、議論し、では自分にとって良いオペラ演出とはどんなものなのかを考える。それはきっと、オペラの見方を広げる機会になる。 ダブルキャストによる上演。この日のゲネプロは初日・3日目に出演するキャストによるもので、皇帝役が伊藤達人(テノール)、皇后役に冨平安希子(ソプラノ)、乳母役・藤井麻美(メゾ・ソプラノ)、バラク役・大沼徹(バリトン)、妻役・板波利加(メゾ・ソプラノ)ほか。 多様な表情を表出する冨平の皇后は聴きもの。刺激的な情事シーンも体当たりの熱演。伊藤の甘い美声はいつも心地よいが、それが反社のボスという悪役と案外うまくマッチしていたのも面白かった。つねにストーリーの中心にいる藤井の乳母の、高いレベルで安定した歌唱も際立つ。 オーケストラピットは、現代を代表するオペラ指揮者のアレホ・ペレスと東京交響楽団。劇的で美しい豪奢なシュトラウス・サウンドを、濃厚に、そして切れよく鳴らし切る。スコアには小編成の繊細なアンサンブルも多用されているが、とくにチェロ独奏は秀逸だった。 美しい舞台美術は、コンヴィチュニーとの名コンビでも知られるヨハネス・ライアカー。 東京二期会とボン歌劇場との共同制作で、この東京公演がワールドプレミエ。長い時間をかけて、東京でゼロから作り上げてきた舞台だ。コンヴィチュニーがとらえた作品の“本質”を、あなたはどう受け止めるだろうか。 東京二期会オペラ劇場の《影のない女》は、上野の東京文化会館大ホールで、残りは10月25日(金)、26日(土)、27日(日) の3公演(各日14時開演)。上演時間は25分の休憩を含め約2時間50分。 取材・文:宮本明 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦 <公演情報> 『影のない女』 公演期間:2024年10月24日(木)~27日(日) 会場:東京文化会館 大ホール