【ソフトバンク】〝極秘引退〟だった和田毅 表明前夜の祝勝会でワイン片手に「実は…」
ソフトバンクの和田毅投手(43)が5日に今季限りでの現役引退を表明し、みずほペイペイドームで会見を開いた。1980年度生まれの「松坂世代」にして「最後のダイエー戦士」。シーズン中から進退について熟考を重ね、22年のプロ野球人生に終止符を打った。数々のタイトルを獲得し、MLBにも挑戦。左ヒジ手術、左肩痛などを乗り越え、日米通算165勝を挙げた。惜しまれつつ、ユニホームを脱いだ鷹のレジェンド。野球界への恩返しを誓い、第二の野球人生が幕を開ける。 【写真】西武・松坂大輔のラスト登板は「最速118キロ」 すがすがしい表情だった。「悔いのない、やり残したことのない野球人生だった」。引退を決断したのは7月。内助の功で支えた妻・かすみさんに思いを伝えた。「2018年くらいから肩の痛みに耐えながら投げてきた。ダメなら辞めようと思っていた。そこにウソ、偽りはない」。今季は左ヒザ、腰、内転筋、肩の痛みに悩まされた。登板8試合で2勝2敗3ホールド、防御率3・76。シーズン2勝はNPB自己最少だった。 島根・浜田高で甲子園を沸かせた「松坂世代」の1人で、早大を経て2002年ドラフト自由獲得枠でダイエーに入団。1年目から14勝をマークして満票で新人王を獲得し、5年連続2桁勝利を挙げて日本を代表する左腕に駆け上がった。10年には自己最多17勝をマークしてMVPを受賞。12年に海外FA権を行使してメジャーに挑戦し、オリオールズ、カブスでプレーした。16年からホークスに復帰すると、その年に15勝を挙げて最多勝と最高勝率のタイトルを獲得。NPB通算334試合に登板して160勝89敗、3ホールド、防御率3・18の成績を残した。 先発に誇りを持ってきた男は、今シーズン終盤に中継ぎに配置転換となった。ヒザ、腰の不調を抱えながらマウンドに戻った。「治ったというか…治しました」。その言葉にさまざまな思いが込められていた。覚悟を決めたからこそ一兵卒として戦力となる道を選んだ。 去就については、フロント最高幹部と限られた人間しか知らないトップシークレットだった。「王会長に伝えたのも昨日(4日)の朝でした」。気心知れた仲間に伝えたのも引退会見の前夜だった。日本シリーズ終戦翌日の4日に開かれた選手会主催の祝勝会に参加。そこでも関係性の深い人間、戦友だけに「実は引退します」と伝え、グラウンド内外のサポートに感謝した。ワイン愛好家として知られる和田。ワインボトルとグラスを手に席を回り、最後まで相手を思いやる気遣いがあった。 シーズン中、現役続行について踏み込んだ発言は一度たりともしなかった。自らと向き合い、自分で引き際を決め、流儀を貫いた。今後については「選手としては終わったけど、これからの野球界、ホークスにどれだけ恩返しできるかっていうのが大事」と球団との継続的な関係性を強調。「野球しか知らないので、それ以外のことも勉強して引き出しを増やしたい」とも語った。 球団は本人の意向に沿ったポストを用意する方針だ。輝かしい現役生活に別れを告げ、新たなステージへ一歩を踏み出す――。
福田孝洋