大河ドラマにも登場する「冷泉」家、歴史上の重要な文庫で有名に
冷泉(れいぜい)
「冷泉」と書いて「れいぜい」と読みます。その先祖は藤原道長の六男長家で、大河ドラマ「光る君へ」に登場している道長と高松殿(源明子)の間に生まれた子どもです。 この子孫は「御子左(みこひだり)家」と呼ばれ、俊成・定家父子らを輩出して代々歌人で知られる家となります。そして、定家の家が京都の冷泉小路にあったことから、後に「冷泉」を名字としたものです。 冷泉家は室町時代に、上冷泉家と下冷泉家の2つに分かれます(両家とも名字は「冷泉」)。 このうち、嫡流にあたる上冷泉家には『冷泉時雨亭文庫』という、『明月記』をはじめ重要文化財級の資料を多数所有することで有名な文庫があります。 明治維新後、ほとんどの公家は明治天皇とともに東京に移り住みましたが、冷泉家は京都に残って文庫を守り続けました。東京は関東大震災と東京大空襲で2度焼け野原になったものの、京都はこうした被害を受けず貴重な資料を守ることができたのです。 この文庫は長い間知る人ぞ知るという存在でした。しかし、昭和55年(1980)に公開されて一躍冷泉家の名前が全国に知れ渡りました。国宝5件、重要文化財47件というのは、個人で所有するものとしては破格のものです。 なお、冷泉家にはもう1家、武家の冷泉家があります。室町時代の中国地方の大名大内氏の一族が、母方の名字「冷泉」を名乗ったもので、江戸時代には長州藩士となって続いています。
森岡浩/Hiroshi Morioka
姓氏研究家 1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。
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