【連載 大相撲が好きになる 話の玉手箱】第20回「予兆」その3
史上4番目の遅咲き横綱で、引退の兆しである食欲はすでに下降線を描いていた
やっぱり新型コロナ禍のせいでしょうか。 それとも単なる偶然か。 最近は、まったく先が読めなくなりましたね。 たとえば優勝力士です。 令和2年秋場所、正代が優勝するって、誰が予想しましたか。 その前の照ノ富士も、そうです。 でも、勝負の世界に生きる力士たちの第五感というか、察知能力はたいへんなものです。 多くの力士たちがいち早く変化の兆しを感じ取り、その対処法を講じます。 そうしないと、生き馬の目を抜くこの世界では生き残れないんですね。 そんな兆しや予感にまつわるエピソードです。 【秋場所展望】 稀勢の里の復活なるか? 御嶽海は大関取りに挑戦! 20代前半まで1升 見あげるような体をした力士たちはどこくらい食べるのか。子どもたちは気になって仕方ないようだ。 平成29(2017)年の初場所は稀勢の里(現二所ノ関親方)の綱取りフィーバーで日本中が沸き上がった場所だった。千秋楽から6日が経った1月28日になってもまだ熱気は収まらず、田子ノ浦部屋がある東京都江戸川区内の小岩小学校で初優勝と横綱昇進の報告会を開くと、4500人もの地域の人が集まった。1年で一番寒い季節だったが、一番乗りのファンは、午前11時の開門にもかかわらず、早朝の6時半だった。報告会では稀勢の里への質問コーナーも設けられ、小学生らしき少年がかわいらしい声でこう聴いた。 「横綱はどのくらいコメを食べるんですか」 すると、稀勢の里はニコニコしながら、 「10代や、20代の前半までは1升ぐらい食べたこともありました。いまは茶碗に1杯ぐらいです」 と答え、会場からヘエーッという驚きの声と、笑い声があがった。 このとき、稀勢の里は30歳6カ月。史上4番目の遅咲き横綱で、引退の兆しである食欲はすでに下降線を描いていたのだ。それも大きく。引退したのはこのちょうど2年後。横綱在位数は12場所。史上7位タイの短命横綱だった。 月刊『相撲』令和2年11月号掲載
相撲編集部