「心とお腹の満足度を考える プロレス観戦で気づいた料理という文化」ジェーン・スー
作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。 【写真】この記事の写真をもっと見る * * * 月に1度か2度は必ずプロレス観戦に行っています。ここ3年ほどのことですが、毎回とても楽しい。大人になってから新しい趣味が見つかったことは、幸運だと思います。 プロレス観戦のあとは、同行者たちと感想戦を兼ねて食事に行きます。プロレスは開催できる会場が限られているため、会場の近くで探すとなると、店の選択肢はさほど広がりません。居酒屋、インド料理、アメリカンダイナーなど。その中で、最も気分が盛り上がるのが中華料理だということが、最近判明しました。風邪をひいたら体にやさしいものが食べたくなるように、心身にエネルギーが満ち満ちた時はことさら、猛烈に食べたくなるものが私にはある。それが中華料理です。 火力や香辛料などが食材にエネルギーを注入したような一品をずらりとテーブルに並べ、同行者とシェアしながらいただきます。先日はイカに薄い衣をつけて揚げたものに豆チ(豆へんに支)(黒豆に塩や麹や酵母を加えて発酵させた調味料)をまぶしたひと皿が驚くほど美味でした。モリモリ食べながら、あの試合のここがよかった、あそこが最高だったと語り合う幸せ。 インド料理屋さんや居酒屋でも興行後の感想戦を行ったことはありますが、食後の心とおなかの満足度が完全に一致するのは中華料理。円卓だと尚ヨシです。 唯一の例外は、後楽園ホールのあとのTGIフライデーズ。ホールの隣にあり、大人数でもすぐ入れることが多く、便利でよく使っています。肉料理がメインで、その他のメニューもパンチのあるものが多く、中華ほどではありませんが、やはり心と体のエネルギー値を一致させてくれるような感覚を覚えます。
改めて、料理は味や量でおなかを満たすだけでなく、見た目や食べ方、醸されるムードで心も満たす文化なのだと気づきます。ひとりで静かに食べたいときはお蕎麦屋さんへ足を運び、女友達の話をじっくり聞くときには居酒屋に集合するように、私たちはおなかの空き具合とは別に、無意識に「場」を選んでいる。 忙殺されると、空腹なのに食べたいものがわからないときがあります。そんなときは、心のモードを自分で把握できていないのでしょう。今度そうなったら、食べ終わったあとにどんな心持ちになっていたら私は満足するのかを考え、そこから逆算してメニューを考えてみようと思います。 じぇーん・すー◆1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中。 ※AERA 2024年5月27日号
ジェーン・スー