ゲームに欠かせない存在となった「パルクール」の歴史 その根底にある精神性とは
多種多様な販売形態の登場により、構造や文脈が複雑化し、より多くのユーザーを楽しませるようになってきたデジタルゲーム。本連載では、そんなゲームの下地になった作品・伝承・神話・出来事などを追いかけ、多角的な視点からゲームを掘り下げようという企画だ。 【画像】全編パルクールで構成された『ミラーズエッジ カタリスト』のスクリーンショット 企画の性質上、ゲームのストーリーや設定に関するネタバレが登場する可能性があるので、その点はご了承願いたい。 第9回はいまやビデオゲームになくてはならない存在となった「パルクール」について調べていく。 ■パルクールの歴史 パルクールとはフランスが発祥の運動方法であり、都市や自然のなかを自らの身体能力だけを利用して駆け抜けるものを指す。プロスポーツチームも存在し、競技性の高い大会も開かれてはいるが、パルクールそのものはスポーツではなく、あくまで精神性や運動自体を指す言葉だと定義されている。 大元はジョルジュ・エベルという仏海軍将校の体育教官が作ったもので、第一次世界大戦および第二次世界大戦中の仏軍隊トレーニングで用いられていた「methode naturelle」というメソッドからスタートする。 このメソッドは「歩く、走る、跳ぶ、這う、登る、バランスをとる、投げる、持ち上げる、自衛する、泳ぐ」の10種からなる基礎運動で成り立っていたが、これらをベースに「parcours du combattant」という障害物コース形式の軍事訓練が派生した。ちなみに「parcours」とは「道・ルート」という意味のフランス語だ。 1939年、レイモンド・ベルという少年が現在のベトナムに当たるフランス領インドシナに生まれ、深夜にひとりで軍隊用の障害物コースを使って訓練に励んでいた。時代は下り、1984年、レイモンドの息子ダヴィッド・ベルが、父から「Le parcours」を教わる。 彼らがパリ郊外の街・リスで、ダヴィトとともにトレーニングを受けていたのは、彼の友人を含む9名。このうちのひとりセバスチャン・フーカンは、その後もパルクールを広める活動に従事し、俳優や講演家としても有名である。彼はパルクールについて「ジャッキー・チェンやドラゴンボールのキャラクターのように強く在りたいと思ったんだ」という発言を残している。 この9人のグループは1997年より「YAMAKASI」と名乗り始め、ついに1998年に「Parkour(パルクール)」の語を生み出した。2001年にリュック・ベッソン監督が『YAMAKASI』という映画を撮ったことにより、彼らとパルクールの知名度も増す。 彼らは自分たちのやっていたトレーニングを「L’art du déplacement/The Art of Movement」(動きの芸術)と称していたが、ダヴィッド・ベルとセバスチャン・フーカンが方向性の違いにより脱退。ふたりは「Traceurs(トレーサーズ)」を結成。トレーサーというのは今でもパルクールを行う人間を指す語として定着している。 また2003年にはセバスチャン・フーカンがイギリスのドキュメンタリー番組に出演し、英語圏の視聴者にパルクールの魅力を伝えるため「フリーランニング」という語を用いて説明した。 ■何をすればパルクールなのか? パルクールについてよく誤解されていることとして、ビルからビルに飛び移ったり、危ないスタントを着の身着のままで行ったりする行為だと思われている節があるが、実際はそういうものではない。 上述した通り、パルクールは精神性であり、移動によって心身を鍛えることや、できることを増やしていくために行うもので、スポーツエンターテイメントとしての興行性や見た目の派手さは後からついてきたものである。 パルクールにおいては「自分ができることを行う、無茶をしない」という考え方が重視され、まだ未熟なのに大きなジャンプをしたり、できそうもないコースを走ったりすることは否定されている。もちろん、私有地や立ち入り禁止区域に入って法律やルールを破ることも行ってはいけない。 また「一度実践してみたい」という気持ちが芽生えてきた方は、当コラムの最下部に参考サイトをいくつか載せているので、そこからサークルや団体に問い合わせてみることも可能だ。多くの団体が練習会を開催しているようなので、チェックしてみるのもいいだろう。 ■パルクールが描かれているビデオゲーム 知名度が上がってからまだ20年足らずの文化であるが、やはりその見た目のカッコよさから、多くのサブカルチャーで取り上げられている。そのなかからいくつかピックアップしてみた。 ●「アサシン クリード」シリーズ 言わずと知れたUbisoftの人気IP。アサシン教団とテンプル騎士団の長きにわたる戦いを描いたオープンワールドアクションゲームだ。 歴史上の都市を舞台に、縦横無尽に駆け回れる作品は他に類を見ない。主人公によってパルクールの重さや速さが異なり、それぞれのスタイルが出ているのが面白いところだ。高所から藁山に飛び降りる「イーグルダイブ」というアクションは、外連味たっぷりで気持ちいい。 ●「ウォッチドッグス」シリーズ シカゴやサンフランシスコを舞台に、ハッキングによってギャングや巨大企業の陰謀を暴くオープンワールドアクションゲーム。こちらもUbisoftの看板シリーズのひとつである。 アサシンクリードに比べてアクションは現実寄りだが、丁寧に作られた近未来の都市で、警官と追いかけっこしながらパルクールできるゲームとして唯一無二の魅力がある。 ●「ミラーズエッジ」シリーズ EAより発売しているアクションゲームシリーズ「ミラーズエッジ」は、まさしく全編がパルクールで構成されているとてもエクストリームな作品だ。 本作は近未来の監視社会が舞台であり、検閲されないように情報を受け渡すには、その足でもって人から人へ荷物を運ぶしかないという設定であり、主人公のフェイスはそれを担うランナーという仕事をこなしている。 パルクールでビルからビルに飛び移る理由を、ゲーム内のストーリーでちゃんと補完しているかなり珍しいゲームだ。 ●「ストリートファイター」シリーズ 『ストリートファイターV』と『ストリートファイター6』に登場する中東出身のキャラクター「ラシード」がパルクールを用いた格闘術を扱う。つむじ風を発生させ、それに乗り降りしながら戦うこともできるとてもトリッキーなキャラクターだ。 また『ストリートファイター6』は、ゲーム全体がヒップホップやグラフィティアートといったアーバンカルチャーを押し出している。ワールドツアーモードでキンバリーと初めて出会うシーンのパルクールアクションはとても見応えがあるので、チェックしてみてほしい。 以上、パルクールの歴史やその精神性について解説させていただいた。3Dキャラクターを動かすエンジンを個人でも簡単に利用することができるようになったこともあり、パルクールの動作はこれからもどんどんビデオゲームに輸入されていくことだろう。
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