「袴田事件」を描いた異色の新作劇「反骨」…作・演出家が語る2時間の舞台に込めた思いとは
「死刑」の恐怖を描く
こうして実現した公演だったが、香川さんは「舞台化するといっても、抽象的な芝居にしたくなかったんです」という。 「俺は観ていないんですが、以前に一度、袴田事件は舞台化されており、全体的に観念的な作品だったそうです。もちろん、演劇には様々なスタイルがあり、どれがいいとかよくないとかは、ありえません。しかし今回は、“こういうことがあった”という事実を、そのまま、年代記として提示することが重要だと思いました」 たしかに事件発生からすでに58年である。「袴田事件」の4文字をニュースなどで見ても、具体的に、どういうことがあったのかを知る世代は、もはや年輩になりつつある。若い人たちには、なじみが薄くなっている点は否めない。 そんな香川さんの考えもあって、舞台は、まったくの正攻法で、事件発生~逮捕~取調べ~拘置……と、実在年代のまま、描かれていく。 「当初は、年代をスライドなどで映写し、わかりやすく時間の流れを説明したほうがよいのでは、との案もありました。しかし、結局、そういった説明はセリフのみにし、とにかくお客様には、舞台に集中してもらう演出に徹しました」 そのため、2時間の芝居だが、テンポは速い。ほぼ中間あたりで、袴田さんは釈放される。 「袴田さんは2014年に釈放されましたが、すぐに無罪が確定するわけではない。そこから十年、不安な日々をおくらなければなりませんでした。いわば死刑の恐怖を目の前にしながら、生きなければならなかった。そのため、拘禁状態はさらに進んでしまう。その苦悩を描きたかったんです」 劇中、目をみはるのは、やはり異常なまでの取り調べのシーンだった。ここでは、ほかの役者とともに、香川さん本人が凄まじい迫力で、取調官を演じている。 「とりあえず認めれば解放してやる。あとは、裁判で無実を訴えれば、裁判官がちゃんと聞いてくれるから」 「吐け! ハカマタ! お前がやったんだ!」 「お前が一家4人をクリ小刀でメッタ刺しにして放火したんだ! そうだな!」 取調官は、そう叫びながら、意識を失いかけた袴田さんを、こん棒で打ち殴り、蹴りまくる。やがて意識朦朧となった袴田さんは、 「わたしが…恐ろしいことを…しでかしました…刑事さん…裁判で正直にすべてお話しします…これでいいんですよね…解放されるんですよね…」 と呟き、供述書に拇印を押させられるのだ。やがて袴田さんは、次第に心身を病んでいく。 袴田さんを演じたのは、石田武さん。JAC(ジャパン・アクション・クラブ/現JAE)出身で、欽ちゃん劇団で活躍、日本喜劇人協会の理事をつとめたこともある。現在は劇団EASTONESを主宰し、演出もこなしている。後半、極端にセリフが少なくなり、どこか宇宙につながっているような複雑な精神状態になった袴田さんを、見事に演じた。資料も映像も一切見ず、先入観を捨て、ただ台本と香川さんの演出だけをもとに、役に挑んだという。 袴田さんの保佐人となって支える、姉・ひで子さんを演じたのは、小川よりこさん。TV時代劇や舞台で活躍してきたベテランだ。 そして、今回の劇中、重要な存在となるのが、元静岡地裁の判事で、袴田事件第1審の判事だった、熊本典道だ。