誹謗中傷浴び続けた2ちゃん創設者「上書きすればいい」 生存戦略は信頼の醸成
2000年代に電子掲示板「2ちゃんねる」(現在は5ちゃんねる)の立ち上げに参画。同時に物書きとしても頭角を現し始めた投資家の山本一郎さんはさまざまなペンネームを使い分け、独自の切り口と論調で一世を風靡しました。 2ちゃん創設者、キャリア生存戦略は「ポジション取り」と「信頼」 その一方、大学在学中に家業の借金を肩代わりして返済した後、就職して半年で退職したり、友人と起業して学びを得たりと波瀾万丈な20代を過ごしました。 今回は、ひろゆき氏と共に開設した「2ちゃんねる」オープンから現在に至るまでのキャリアの生存戦略についてインタビューします。若いビジネスパーソンが「次の挑戦権」を得るため必要なこととは――。その解は意外にも日々の仕事の基本動作にありました。 インターネットで名をはせた故に浴び続けた、誹謗中傷に対しての心構えも明かします。
---------- 山本一郎(やまもといちろう) 作家、個人投資家。東京都出身。20代で投資に目覚め、家業の負債4億円を肩代わり。後にひろゆき氏と「2ちゃんねる」を立ち上げると共に、ブロガーとしても活躍する。現在はIT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わりつつ、介護や子育て、投資と研究に人生を捧げている。 ----------
「2ちゃんねる」開設でパラダイムシフト
2000年に起業してからは「2ちゃんねる」(現在は5ちゃんねる)の運営に携わり、「Blog of the Yeah! 2003」「アルファブロガー」を受賞するなど、ブロガーとしても世に知られるようになりました。 山本:27歳のときにイレギュラーズアンドパートナーズ社を立ち上げ、代表取締役社長に就任しました。以前と比べて、良い意味でも悪い意味でも「会う人のバラエティー」が広がったと感じていましたね。 ある種、争いや憎悪に対してお金を払えば解決できる人種ではなく、名誉や人間の機微に対して怒ってくる人種と接するようになったことが、自分にとってパラダイムシフトになったというか。まさに、インターネットの中で“社会の縮図”を見たように思います。 また、高校時代からパソコンに触れていたり、普段から日記をつけていたりしたこともあり、文章を書くのが得意だったんですよ。その延長線で始めたのがブロガーで、物書きは抵抗感なく始められました。言ってしまえば、自然と物書きにありついた感じですね。 日々の考えを再整理したり、問題提起した際に周りの意見を確かめたりといった目的で文章を書き続けた結果、賞をいただくなどの評価につながったと思っています。