ハラスメントに揺れる現場 誇りを持てる自衛隊に 「自衛隊70年の現在地(5)」
「鶏を殺すのは、かわいそうで私にはできません。嫌なことをさせるのはハラスメントではないでしょうか」 ある陸上自衛隊幹部は昨年の冬、鳥インフルエンザ感染症に対する災害派遣任務での鶏の殺処分で、部隊の若い男性隊員がこう申し出たと聞いた。その小隊長が隊員を編成から外したと聞いて耳を疑った。 上官の指導で小隊長は隊員を再び編成に入れ、殺処分した死骸を搬送する任務に当たらせたという。陸自幹部は言う。 「私情が許されるなら戦地にも行かなくてよくなる。『事に臨んでは危険を顧みず』という服務の宣誓に反する。ハラスメントという言葉が足かせになっている」 自衛隊はハラスメント撲滅を掲げているが、実力組織として求められる規律との間で現場には少なからず戸惑いもあるようだ。新人教育の現場ではなおさらだ。 ある駐屯地にいた別の陸自幹部によると、小銃の射撃訓練で「撃てー!」と号令され、「大声で命令された」と訴えた新入隊員がいた。また、ヘルメット越しに手で頭をたたいて合図されたことをパワハラだと主張した隊員もいた。 この駐屯地では教育の前に、大声での号令や隊員への接触があり得ると事前に説明することにした。陸自幹部は嘆く。 「一定の厳しい指導はあっていい。このプロセスをなくすと規律のない集団になってしまう」 ■求められるセクハラへの意識変革 自衛隊では近年、ハラスメントを訴える声が高まっている。防衛省・自衛隊の窓口に寄せられた相談は平成28年度の188件から年々増え、ピークだった令和3年度には2311件に上った。 元陸自隊員の五ノ井里奈さん(24)は勤務地だった福島県の郡山駐屯地で複数の男性隊員に押し倒されるなどの被害に遭い、4年8月に実名で防衛省に訴え出た。同省は翌月から全省的な調査に乗り出した。 女性自衛官は過去50年で約10倍に増えたが、比率は約9%。約16%の米軍に比べると少ない。今後、女性の採用増は不可避でセクハラへの意識変革が求められている。 ただ、相談件数の9割を占めるのはパワーハラスメントだ。被害者側の主観が重視されるセクハラと異なり、パワハラは状況から客観的に判断される。ハラスメント対策を担当する白山智章1等陸佐(50)は「厳しい指導と明らかなパワハラの間のグレーゾーンが問題だ」と話す。