【社説】世界遺産の意義 「負の歴史」も伝えてこそ
歴史を学ぶ意義は、先人の功績を知ると同時に、過ちから教訓を得ることにある。今を生きる私たちは歴史を検証し、正しく後世に継承しなくてはならない。 この夏、新潟県の「佐渡島(さど)の金山」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された。 佐渡金山は江戸幕府の下で生産体制が整備された。世界の鉱山で機械化が進んだ16~19世紀に、伝統的手工業によって高純度の金を生み出す技術が発展した。 国の文化審議会は2021年12月、世界文化遺産の推薦候補に選んだ。これに対して「戦時中に朝鮮半島出身者が強制労働させられた現場だ」と強く反発したのが、韓国の文在寅(ムンジェイン)政権(当時)だった。 日本政府は推薦見送りを一時検討したものの、自民党内からの後押しもあり、22年に推薦を決定した。 ユネスコの諮問機関は今年6月、金山の説明や展示について、江戸時代だけでなく明治以降を含む全体の歴史とするように求めた。韓国への配慮とみられる。 その後、日本が韓国との協議で「全ての労働者、特に朝鮮半島出身者を誠実に記憶にとどめ、金山の全体の歴史に関する説明、展示戦略を強化すべく引き続き努力する」と表明し、韓国が評価したことで登録にこぎ着けた。 日韓国交正常化60年の節目を来年に控え、関係強化を重視する韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)政権の大局的判断もあったようだ。 一連の経緯は、両国の課題を対話によって解決することの大切さを再認識させる。 登録決定を受けて佐渡の博物館は、朝鮮半島出身者が危険な作業に従事する割合が高かったとするデータなどを紹介している。 日本政府は強制労働があったと認めていない。それでも戦時中に朝鮮半島出身者が過酷な労働に就いていたことは事実だ。歴史はこうした負の側面を含めて伝えることで、全体像が明確になる。 佐渡金山を巡る成果は、長崎市の端島(通称・軍艦島)など九州を中心とする施設群で構成し、15年に登録された「明治日本の産業革命遺産」の参考になる。 登録を巡って韓国は、軍艦島の炭鉱などで朝鮮半島出身者が強制労働をさせられたとして抗議した。日本は20年に開設した産業遺産情報センター(東京)で、戦時徴用や犠牲者にまつわる資料を展示している。 ユネスコの世界遺産委員会は昨年、日本の対応を認める決議を採択し、韓国などとの対話継続を促した。さらなる検証と報告を求めている。展示資料に改善の余地がないかを不断に検討すべきだろう。 それは過去の過ちを繰り返さないために必要なことである。決して自虐史観と呼ばれるものではない。 他国から批判を受けて動くのではなく、政府が主体的に取り組むことを求めたい。
西日本新聞