麻実れいが現代社会に問いかける「性、そして人間の尊厳」
ローレンス・オリヴィエ賞4部門、トニー賞4部門を受賞し、前後篇で6時間半もの時間をかけて綴られた愛の物語『インヘリタンスー継承―』が日本で初演される。個性溢れるキャストたちとともに、ベテランの大女優、麻実れいが新たな境地を拓く 【写真】麻実れいさん、73歳の美貌
数々の名作で役の本質を捉え、体現してきた彼女が挑む次回作は、2018年にロンドンで世界初演され、ウエスト・エンド、ブロードウェイと上演を重ねてきた『インヘリタンスー継承―』。病気やマイノリティに対する差別や偏見を乗り越えていく人々が描かれており、各地で大きな話題となった作品だ。気鋭の演出家・熊林弘高がコンセプトをプレゼンして勝ち抜き、切望していた上演権を獲得して、演出を手がける。 麻実れいが本作で演じるのは、70代の主婦・マーガレット。後篇の終幕に20分だけ登場するこの人物は、どんな爪痕を残していくのだろうか。 ――『インヘリタンスー継承―』を演出する熊林弘高さんとの作品創りにはどんな期待を抱いていますか? 熊林さんと私はTPT(シアタープロジェクト・東京)時代からの仲間で、“熊ちゃん”って呼んでいます(笑)。初めは作品創りで関わることはなかったのですが、2010年に上演された『おそるべき親たち』で初めてご一緒しました。当時の出演者も彼がどれだけ苦労してきたかを知っていた同じ仲間の佐藤オリエさんや中嶋しゅうさんだったので、“熊ちゃんのために頑張ろうよ”というのが、無言の意思疎通で伝わっていました。だから私も彼には好きにものを言えるし、「熊ちゃん、私はね、あなたに引き出しがいっぱいあるのは分かっているけどね、それはまた次の機会に開きなさいよ。今はここまでで十分だからね」とか、お互いにすべてをさらけ出すことのできるいい環境だったと思います。その結果、とても良い作品に仕上がって、大変良い評判を得ることができて良かったなと思いました。 今回は、弟のような存在でもあるその熊林さんからの「出てみませんか?」というひと言があったからこそ、このドラマと出会うことができました。彼とは他にも何作かご一緒してきましたが、どんどん幹が太くなってきていて、すごいですね。海外でも評判の人気のある作品なので上演権を獲得するのは大変だったそうですが、彼が手中に収めたのはよく頑張ったなと思います。ですから、熊林さんはこの作品を演出することにとても責任を感じていらっしゃるでしょうし、選んでいただいた役者一人一人が、登場する人間を演じるわけなので、私自身も責任を感じています。 ――『インヘリタンスー継承―』には、2015年から18年のニューヨークを舞台にエイズ流行の初期を生きた60代と、HIVとともに生きる20、30代のゲイの人々が描かれています。多様性を掲げている“今”を映したテーマを扱った作品だと思いますが、作品に対してどんな印象をお持ちですか?本作を通して、伝えたいと思った事を教えてください。 まだ仮の台本なので深く読めてはいないのですが、私が演じるマーガレットには17歳の時に産んだマイケルという息子がいて、一人で手探りをしながら育て、二人で成長していきます。マイケルは母親にゲイであることを打ち明けるのですが、マーガレットの登場するわずかな場面でこのドラマが集約して描かれています。私がこの作品に一番惹かれたのは、この母と子の関係で、二人のことをしっかりとお客さまに伝えたいと思いました。実際に成長してから、自分の息子がゲイだったと知る母親って、すごく多くいらっしゃると思うんです。でも、かつてはそれを絶対に秘めざるを得ない世界でした。今よりも一つ前の時代のことですが、まさに今は世の中が変わりつつはあるものの、まだこうした風潮が残っているところがあるのではないでしょうか。この秘められた世界を、役を通して私たちがドラマの上で表現するわけですが、これは真実でなければなりません。難しい作品ではありますが、やりがいがあるお役だと思います。