『マウンテンドクター』が描いた命の尊さ 杉野遥亮らチーム一丸となり医療ドラマに一石
『マウンテンドクター』(カンテレ・フジテレビ系)が9月16日に最終話を迎えた。 土砂崩れの現場で傷病者を搬送した直後、江森(大森南朋)は心臓発作を起こして倒れた。歩(杉野遥亮)たちは救助を要請するがヘリは間に合わない。自分を置いて行けと言う江森に歩は応急処置を施し、江森を背負って下山する。日没が迫り、生命の危険が高まる中、ヘリの飛行音がとどろく。駆けつけた航空隊によって江森は搬送され、一命を取り留めた。 【写真】江森(大森南朋)を背負って下山する歩(杉野遥亮) ついにMMTが解散してしまった。相次ぐ二次被害の発生に、医師を山に派遣することは時期尚早と一ノ瀬県知事(飯田基祐)は判断を下したのだ。現場に行くことで救える命があるという信念のもと、山での死亡者ゼロを目指して奮闘するMMTの挑戦は中途で挫折した。厳しい態度で接する県庁職員の純家(松尾諭)や、典子(岡崎紗絵)に信濃総合病院を辞めさせようとする聖子(池津祥子)の圧力もあったが、山岳医療の専門チームを維持するためのハードルは想像以上に高かったことになる。 医師は山に行くべきか、それとも病院にとどまって搬送される傷病者の治療に当たるべきかは、『マウンテンドクター』というドラマの成り立ちにかかわる問題だ。ドラマでは、歩や江森、玲(宮澤エマ)が現地に足を運び、小宮山(八嶋智人)や掛川(近藤公園)は主にオペ室で執刀する棲み分けがされていたが、大前提として、そもそも医師が山に行く必要はあるか、という問題意識は折に触れて語られていた。 厳しい自然環境と限られた医療資源をどう振り分けるかによって答えは変わってくるが、命にかかわる山岳遭難では、医師が山に行くことで救える命があることはたしかである。真吾(向井康二)たちMMTによって助かった人々の姿を通して、その必要性は説得的に示されていた。結果的に山岳医療を専門とする医療チームMMTは課題を抱えながらも存続することになった。
山好きが注目し“聖地”巡礼も
登山アプリ「YAMAP」で本作のロケ地である唐松岳や霧ヶ峰、美ヶ原をめぐるマップがダウンロードできる企画など、本作は山好きからも注目を集めた。夏山シーズンにかけて放送された『マウンテンドクター』は、一貫して山での遭難リスクを伝えてきた。北アルプスをはじめとする山々の美しい光景に魅せられるかたわらで、滑落、道迷い、落石、土砂崩れ、高山病、疲労遭難、骨折、落雷、野生動物・昆虫による受傷など、想定されるさまざまなリスクを描写する本作によって救われた命、軽減された被害はあったはずだ。個々のエピソードを通じての啓発効果は高かったと考えられる。 撮影機材を2千メートルを超える高所に運ぶだけでも大変なのに、足場の悪い地形で医療処置を行うなど、通常の医療ドラマの倍以上の労力がかかっていたことは容易に察せられる。また、春夏期の山間部は暑さや急変する天候に加えて、樹林帯でやぶ蚊やブユが大発生するという大変さもある。クランクアップ時のコメントで、出演者が口々に撮影の過酷さに言及していたが、本作の制作自体に山岳医療の難しさと重なる部分があり、そのことがドラマにある種のリアリティをもたらしたと考えられる。 最終話で、歩の父・市朗(遠山俊也)の「この土地の人間はみんな北アルプスの山々に育てられたようなもの」という台詞があった。筆者も各地の山々を登ると、それらの山が地元の人から愛されていると実感することが多い。登山ブームで、遭難事故がニュースで報じられる頻度も増えた。長野県を舞台にした『マウンテンドクター』はローカルに根差しながらも、同時代性を持ったテーマを両立させることは可能であると伝えており、今後のドラマ制作に指針を示すものとなった。
石河コウヘイ