『極悪女王』の時代に日本を熱狂させた“昭和55年組” 全日本女子プロレスで起きた本当の出来事
11月には大森がミミ萩原とのチームでWWWA世界タッグ王座を獲得。初防衛をはたした82年(昭和57年)1・4後楽園ホールでは、本庄が覆面レスラーのマスクド・ユウに変身した。1月19日には松本がデビルの全日本王座に挑むも、両者ノックアウトで初戴冠を逃している。また、北村が改名し、ライオネス飛鳥を名乗るようになる。 大森とユウは4・7横浜文化体育館でWWWA世界タッグ王座をかけて激突、大森組が防衛をはたした。同所では長与がジャンボ堀のオールパシフィック王座に挑んでいる。 5・15大宮スケートセンターでは2大王座決定戦が行なわれ、飛鳥vsユウの全日本王座は引き分けで空位のまま。飛鳥が返上の全日本ジュニア王座は山崎五紀を破った長与が獲得、これが初戴冠となった。 7月にはジャガー横田とデビルがWWWA世界シングル王座をかけて頂上決戦。ジャガー防衛から約1カ月後の8月10日、大森組が5度目の防衛に失敗し、WWWA世界タッグ王座を失った。同大会では長与が立野に敗れ、全日本ジュニア王座から陥落した。 10・8熊本市体育館で飛鳥と大森がデビル&タランチェラのWWWA世界タッグ王座に挑戦。同日、長与はジュディ・マーチンのオールパシフィック王座に挑んだ。同月末には飛鳥と長与がタッグを結成し、この2人で初めてWWWA世界タッグにチャレンジ。長与は大森とのタッグで11月にも同王座に挑んでいる。 83年(昭和58年)1・4後楽園で長与と飛鳥がタイトルマッチ。全日本王座を守った飛鳥は前日、全女のマラソン大会(8キロ)で優勝したばかりでもあった。そしてまた、この試合で両者が共鳴、クラッシュ結成への引き金となる。 長与とのシングルから4日後、飛鳥は松本にレフェリーストップで敗れ全日本王座陥落。地元・熊谷で飛鳥を破り初戴冠となった松本は、2・25越谷でジュニア王者の立野を破り、初防衛に成功。翌月には新人オーディションが行なわれ、ここで合格したひとりが中野恵子だった。 ◆第2回へ続く
文/新井宏