「そんな手で、パーツモデルができるわけないでしょ」とダメ出しも…金子エミ 1年で1000万円稼ぐ売れっ子になるまで
20歳くらいになると、人に叱られることってそうないじゃないですか。その日、初めて会った人に叱られて、「甘い世界じゃないんだ、パーツモデルはプロフェッショナルなんだ」と思ったらやる気になって、心の中で「絶対にパーツモデルになる」と決めていました。 帰り道にそのまま、目黒駅の近くにあったエステサロンへ行きました。「手のモデルをやりたいと思って事務所へ行ったら、日焼けのあとがあると言われた」と相談したら、業務用のゴマージュ、今でいうピーリングをすすめられて、「これで1週間に1回、角質のケアしてみて」と言われたんです。その日から角質のケアを始めて、日焼けサロンへ行くのもやめました。
1年たって、日焼けのあとが消えた頃に「もう1回見てもらえますか」と事務所へ行ったら、1年前に会ったマネージャーさんが「あら、あなた、そんなにやりたいの」と驚いていました。「あなたの手、普通なのよね。でも、そんなにやりたいならやってみる?」という感じで、事務所に所属させてもらえることになりました。 そのとき、そのマネージャーさんに「スナックとかクラブのスカウトマンに声をかけられても、夜の世界へ行っちゃだめよ」と言われたんです。事務所は銀座にあったので、実際によく声をかけられました。「あなた、夜の世界の雰囲気があるから気をつけなさい。オーディションでは、手だけじゃなくて、人となりも見られるから」と。このマネージャーさんとの出会いがなければ、今の私はいなかった。ほんとうに感謝しています。
■1年で1000万円稼ぐ売れっ子パーツモデルに ── すぐに仕事はもらえたのですか。 金子さん:初めて受けたオーディションは、食器洗剤のCMでした。この頃、オーディションへ10回行ったら、8つか9つの仕事をいただけたので、マネージャーさんにも「あなた、すごいわね」と驚かれました。当時の手タレは、白魚のようなきれいな手の方がほとんどだったんです。でも、パーツモデルの仕事って、シャンプーを手に取るとかオーディオのボタンを押すとか、生活に密着した仕事のほうが多くて、美しい手が求められるジュエリーなどの仕事は意外と需要が少ないんですよね。だから、すごくきれいな手が売れるわけではなくて、意外と普通の手のほうが求められているんだと思います。