好きでも枝分かれしていく道。三姉妹の連帯のゆくえは 『9ボーダー』9話
コウタロウの選択の意図は?
家族と再会し、元の生活をたどっていく過程においても、コウタロウはコウタロウのままだった。自分の過去をなぞろうとするが、決して“悠斗”にはなれない。周りの人間が自分のことを「悠斗」「副社長」として扱う環境に置かれ、彼は何を思っただろう。 9話の終盤、七苗からの電話を受け、コウタロウは一つの決断を示す。「こっちの生活に戻ろうと思う」と、芝田悠斗として生きていくことを決めたのだ。コウタロウとしてではなく。 しかし、この選択は、おそらく彼自身のためではない。 帰りを待ってくれていた家族がいた。すべて忘れてしまった自分のために、時間と労力を割いてくれる婚約者がいた。副社長として慕ってくれる社員がいた。彼らは悠斗の存在を待ちわびていて、今後も、何も思い出せない彼のために最大限のフォローをするつもりでいるようだ。 コウタロウはきっと、元々の自分・悠斗のために、元の世界に戻ることを決めたのではないだろうか。いくらコウタロウとして、まったく別の新しい人生を望んでいたとしても、預かり知らぬところに確かに存在している悠斗と、その家族のことを裏切れない。自分が戻りさえすれば、すべてが丸くおさまる状況を前に、無視することができない。 コウタロウと七苗は、どこまでも優しい人間だ。自分の幸せよりも、他者の幸せがあってこそ自分の人生が成り立つと、どこか本気で思っている。 そんな二人だから、なりふり構わず本音をぶつけ合えない。どこかで幸せでいてほしい、と互いに願いながら、枝分かれしていく二人の人生。もしかしたら、もう交わることはないのかもしれない。
三姉妹が自らの意志で選ぶ道
八海は高木陽太(木戸大聖)に想いを伝えた。七苗もコウタロウに「会えてよかった」と言えた。残るは、40歳を迎えた六月の「試練」である。松嶋朔(井之脇海)からのプロポーズに対し、彼女はどう返答するのか。 最終話を目前に控え、あらためてこのドラマの大きな特徴は、家族の、ひいては「三姉妹の連帯」を描いたところにある。 きっかけは父親の失踪ではあったが、それぞれが抱える問題を共有し合い、ときにぶつかりながらも、各々がより良い方向へ進めるよう旗を振り合ってきた三姉妹。懸命にコウタロウのことを忘れようとしている七苗の背中を押したのも、離婚したくないと、かたくなだった六月が前を向けたのも、進路に及び腰になっている八海に発破をかけたのも、家族であり、三姉妹だった。 もし彼女たちが、恋愛の成就ではなく、三姉妹で連帯しながら生きていく道を選ぶのだとしたら。それは、どこか「恋愛の成就=ハッピーエンド」とされがちな不文律を、ゆるく解体することになる。悩み考え抜いた先に選んだなら、こんな生き方もありでしょう、という一つの提案になる。 どんな道を選ぶにせよ、彼女たちは決して“世間”や“空気”に強制されるのではなく、自分の意志で一歩を踏み出す。後から「9ボーダー」を振り返って、悔やむことのないように。
『9ボーダー』 TBS系金曜22時~ 出演:川口春奈、木南晴夏、畑芽育、松下洸平、井之脇海、木戸大聖、山中聡、伊藤俊介、内田慈、兵頭功海、YOUほか 脚本:金子ありさ 音楽:jizue 主題歌:SEKAI NO OWARI「Romantic」 プロデュース:新井順子 協力プロデュース:阿部愛沙美 演出:ふくだももこ、坂上卓哉
文:北村 有