ロカーナのグラチアーノ|筆とまなざし#352
オルコのレジェンド、ロベルト・ぺルッカとの思い出。
グラチアーノはピエールよりもひとまわり年下で、僕らよりもひとまわり年上である。ぎょろっとした目が特徴で首が太くて短く(この絵はあまり似ていない)、体格がいい。そんな外見とは裏腹にとても優しく、お互いの拙い英語でなんとか会話をしようと一生懸命話してくれる姿に僕はとても感謝していた。彼もピエールたちの仲間で、昨年一緒にカードゲームをして飲んだ。その後も通りで出会うと「いっしょに飲もうよ! 」と誘ってくれたのだった。 昨年のある日、グラチアーノは町外れにあるバー・エーデルワイスでワインを飲みながらロベルト・ペルッカのことを話してくれた。ロカーナの山岳ガイドだったロベルトは、オルコで多くのクライミングルートを開拓したレジェンドである。イタリアの「Separate Reality」(ヨセミテの有名なルーフクラック)とも称される「Legoland」もそうだし、のちに「Greenspit」と呼ばれることになるルーフクラックにボルトを打ったのもロベルトである。ちなみに「spit」とはイタリア語でボルトの意味で、緑色のハンガーボルトが打たれたためにそう名付けられた。その後、ディディエ・ベルトーがボルトをちょん切ってフリークライミングで初登することになるのだが、緑色のハンガーボルトはいまも取り付きに一本だけ残されている。 「昔、ロベルトがクライミングに連れて行ってくれていたんだ。少し年上で山のスペシャリスト。彼は大切な友人でとても尊敬して慕っていたんだけど、山で滑落して亡くなってしまった。本当になんでもないような斜面で落ちてしまったんだよ」。 ワイングラスに手を置いて、グラチアーノは一つひとつ言葉を選びながらそう言った。 フェイスブックは便利なもので、帰国してからもお互いの近況を知ることができる。今年は出発の前に彼に連絡し、ロカーナで会う約束をした。滞在中のある日、バー・エーデルワイスで待ち合わせた。僕らは日本からのお土産と「Greenspit」のアプローチで拾った栗で我が郷土の銘菓栗きんとんを作って持っていった。 一年ぶりに会うグラチアーノは全く変わっていなかった。こんな場所で再会するのがなんだか不思議に思えた。彼は息子のマテオと友人のマリオを誘って来てくれた。マリオはクライマーで、ディディエに直接会ったことがあるという。オルコで開拓していてるそうでみごとなルーフクラックの写真を見せてくれた。 「まだだれも登れていなくて『Greenspit』より難しいはず。こんなクラックがオルコにはまだまだあるんだよ」。 物静かに思慮深く、でも茶目っ気の溢れる目で話すマリオの姿が印象的だった。僕らが滞在するアパートからすぐ近くの場所に住んでいて、一室には人工壁があるらしい。 「小さくてジムとは呼べないくらいだけど、クラックもあるんだよ。次の機会にぜひ登りにきてね」。 1週間だけでも良い、毎年ロカーナに来るにはどうしたら良いだろう。オルコで講習会を企画できれば良いのだけれど。話をしながら、ロカーナを再訪する理由を探していた。
PEAKS編集部