柚木麻子さん、新刊『あいにくあんたのためじゃない』を語る! “自分が嫌いな人間”を徹底的に追求した体験とは?
『ナイルパーチの女子会』や『BUTTER』など多くの名作を手掛けてきた、小説家・柚木麻子さんの新著『あいにくあんたのためじゃない』。さまざまな葛藤を抱えながら生きる登場人物たちの姿を描いた6編の物語は、すべて自身の体験に基づいているそう。インタビューでは、作品が生まれた背景や、“あんたのためじゃない”自分の人生を生きる方法についても伺いました。 『あいにくあんたのためじゃない』からコミカライズもされている『めんや 評論家おことわり』
苦手だった相手を観察し包括的に理解することは、自分を守ることにもつながる
――『あいにくあんたのためじゃない』では、キャンセルされたラーメン評論家(『めんや 評論家おことわり』)、孤独に苦しむ妊婦(『トリアージ2020』)、落ち目の元アイドル(『パティオ8』)など、“息苦しい世の中”を生き抜く主人公たちの6編の物語が収録されています。そもそも、これらの物語や登場人物について、どんなところから着想を得たのでしょうか? 柚木さん: これを書いたのは、ちょうどコロナ禍だったんですよね。すべて自分の実体験が元になっていて、長い時間自宅で過ごす中で経験したこと、失敗したことなどを元に、6つの物語に構成しました。今まで私は、女性同士の連帯や友情など、自分の好きなことや好きな人、好きな世界についてばかり書いてきたのですが、このタイミングで“自分が嫌いな人間”についても向き合ってみようと。
――すでにWebで公開されていて、コミカライズもされている『めんや 評論家おことわり』では過去の発言により“キャンセル”されるラーメン評論家・佐橋が主人公で、女同士の連帯などにはまったく理解がなさそうなキャラクターですよね。佐橋の迂闊なSNSの投稿から、深く傷つき、人生を変えざるを得なかった登場人物たちが佐橋に復讐するという展開です。 柚木さん: 『めんや 評論家おことわり』は元々、ラーメン業界に蔓延するホモソーシャルな雰囲気に違和感を持ち、その原因を探っていた頃の自分の経験がベースで。というのもこれを書きはじめることになった当時、実際にラーメン評論家やブロガーがセクハラなどでたびたび炎上していて、そのときに私は「どうしてラーメン業界って、排他的な雰囲気があるんだろう…?」と感じたんです。 私自身、「ラーメンは好きだけど、ラーメン屋ってちょっと面倒」みたいな偏見があり、足を運ぶ機会は少なかったんですが、その偏見の原因はわからなかったんですね。だから、まずは自分でラーメンを作ってみることにしたんです。 大量に買ってきた専門書をしっかり読んで、プロ用の寸胴鍋を買い、鶏ガラと豚骨を煮込んでスープを作りました。完成したラーメンをママ友に振る舞ったら、みんな口をそろえて「本格ラーメンを家で食べられるなんて夢のようだ!」と大喜びしたんですよ。「子連れでラーメン屋に行くのはハードルが高い」「残したら怒られそうだし、長居しづらい」という理由から、食べたくても食べられずにいたそうで。 あまりに喜ばれるものだからうれしくなって、スープももっとこだわるようになり、さらに麺まで打ち始めちゃって(笑)。味を改良するために人気ラーメン店も次々と訪れました。店主が女性だったり、物腰の柔らかな男性の店もあると知り、自分の中にあった偏見が正されていきました。 同時に私自身にも変化があって。人にラーメンを振る舞った際に、スープを飲む姿をじっと見つめたり、興味のない人にもラーメンを語ったり…私が当初、排他的と感じて嫌っていた、“腕組みするタイプのラーメン店主”みたいなメンタリティーに、私自身がなっていたんです。 ――不思議な現象ですね…。なぜそうなったのだと思いますか? 柚木さん: 今までも色んな料理を作ってきましたが、ラーメンほど喜ばれたのは初めてだったんです。小説を書くよりも何倍も気持ちいい瞬間が訪れたと言っても過言ではないくらい。安くておいしくて、老若男女に愛されるラーメンは、魔法の食べ物なんだな!と改めて実感しました。 それくらい威力を持っている食べ物だからこそ、作っている人や評論家の中にはマンスプ(マンスプレイニング=主に男性が、自信過剰に、人を見下したような方法で女性や子どもに何かを説明すること)したくなってしまう人がいるんだろう、と。最初はまっすぐな気持ちでラーメンと向き合っていても、毎日、爆発的に喜ばれ続ければ、誰もがその考え方に染まってしまうはず。現に私がそうでしたし、それがホモソーシャルな雰囲気を形成しやすい構造の根源なんだとも思いました。 そのあとしばらくずっとラーメンにハマって作り続けていましたが、自分がこれまで苦手だったタイプの人の気持ちを理解したことで、物事の解像度がぐんと上がって、ひとつの問題に対して、被害者一人の視点ではなく色々な人の視点から包括的に語れた気がするんですよ。 これは小説を書くうえではもちろんですが、実生活でも生きる、すごく大事なことだと感じました。例えば誰かに傷つけられたとき、怒るだけでも十分なアクションです。しかし、相手をじっくり研究すれば見えてくることがあるはず。それは自分を守ること、そして、構造そのものを壊すことにもつながると思います。