甲子園優勝投手の孫が東海大菅生を追い詰めた! 都立東村山西・内野大翔は次のステージでの活躍が楽しみな逸材だ!【24年夏の西東京大会】
<第106回全国高校野球選手権大会西東京大会:東海大菅生5-4都立東村山西>17日◇4回戦◇スリーボンドスタジアム八王子 【トーナメント表】西東京大会 18日までの結果一覧 春季都大会準優勝の東海大菅生と、春は2回戦で日体大荏原に0-13、5回コールドで敗れた都立東村山西。実績では東海大菅生が大きく上回っているが、都立東村山西がエースで4番打者で主将の内野 大翔(3年)を中心にチーム一丸となって立ち向かい、強豪を苦しめる戦いをした。 内野は、東海大菅生の打線に「怖いという、威圧感がありました」と言う。1回裏2つの四球出すなどして、二死満塁のピンチを迎える。しかし東海大菅生の6番・関山 凌駈外野手(2年)は右飛に倒れ得点できない。この満塁のピンチを乗り切ったことで都立東村山西の内野は自分の投球を取り戻す。東海大菅生の若林 弘泰監督も「やっぱりボールが来るなと感じました」と語る。 それでも地力に勝る東海大菅生は3回裏に3番・高西 航輝一塁手(3年)の三塁打などで2点を先制する。ところが4回表、都立東村山西は4番打者でもある内野の左前安打などで満塁とすると、東海大菅生の上原 慎之輔投手(2年)-下地 寛大捕手(3年)のバッテリーが立て続けにエラー(記録はワイルドピッチ)をして同点に追いつく。 東海大菅生は4回裏に小上防 登生外野手(2年)の二塁打などで2点、5回裏は5番・阪野 拓海三塁手(3年)の二塁打などで1点を追加し、東海大菅生が5-2とリードする。普通であれば、これで勝負ありとなるが、都立東村山西はそうではなかった。 6回表の攻撃で口火を切ったのが打っては4番の内野だった。西東京を代表する好投手である東海大菅生の上原について「ストレートの速さは、これまで体験したことがなかったので、怖かった」と語る内野であるが、しっかり対応して内野安打を放ち、6番・久保田 僚介外野手(2年)の右前安打と、7番・田中 織機遊撃手(2年)の二塁打で内野が生還し追い上げる。さらに続く三川 慶介外野手(2年)がスクイズを決め、1点差に迫る。 ここから内野は走者を出しても得点を許さず、接戦が続く。それでも東海大菅生は6回途中から登板した小島 葵(3年)、さらに9回に登板した藤平 寛己(2年)が得点を許さず、東海大菅生が逃げ切った。 それでも、この試合最も印象に残る活躍をしたのは、都立東村山西の内野だ。最速139キロのストレートに、スライダー、チェンジアップなどを駆使して強力打線に立ち向かい、4番打者として2安打を記録した。内野は元ヤクルトの黒田 真二の孫である。黒田は広島の崇徳時代、超高校級投手と評判になり、76年のセンバツで優勝した。プロでは故障もあり、思ったような結果を残せず、4年前に62歳で亡くなったが、今でも高校野球ファンの間で語り継がれる選手だ。内野は小学校の低学年のころに祖父とキャッチボールをしたことがあるという。ただ野球については教えてもらっていないという。とはいえ、しなやかな腕の振りは、どことなく祖父の高校時代を思い出させる。遠投は100メートルというから、地肩も強い。 内野は「負けたのは悔しい思いはありますが、強豪校相手にここまでやれたので、やり切りました」と語った。これから大学でも野球を続けるつもりだ。内野の野球人生は、始まったばかりだ。