「ワンオクがどこにも見えない!」 大規模ライヴ「見切れ」問題の解決策を考える
価格の細分化を
2つ目の解決策は、席の価格に段階をもうけることだろう。先ほどのマライア・キャリーの例を見てもわかるように、日本の場合、ロックやJ-POPでは長年、価格の格差が小さかった。会場の全席同価格というケースもあったくらいだ(クラシックは昔からS席、A席、B席、学生席など複数の席種を設けている)。同じS席でもかなりの差があるのも珍しくなかった。 しかし最近は、ステージに近くに高価格のVIP席やSS席を設けたり、ステージから遠い低価格の席を一定数作ったりしている。高価格の席のお客さんにはお土産やバックヤードに入れる権利が付いていることもあるようだ。ステージ上の特別席を販売するケースもある。 アメリカやヨーロッパの会場ではかなり前から、クラシック・コンサートのようによりきめ細かく複数の席種を設けている。いい席は価格が高い。ステージから遠い席は安い。スプリングスティーンのステージ背後の席も正面よりもずっと安かった。 最近は1席、2席単位で異なるのではないかというくらい、全エリアで価格が違うことも多い。コロナ前の2019年にマディソン・スクエア・ガーデンでイギリスのバンド、ザ・フーを観たが、実に細かく料金設定されていた。どうやって値段を決めているのかは知らないが、ざっと見たところ、適正だという印象を受けた。 ネットの画面上で、自分の好きなエリア、払える金額を考慮して席を選ぶ。ザ・フーのときは残席わずかで、巨大なマディソンの天井近くの席しかなかった。現在のような深刻な円安ではなかったこともあり、日本円に換算すると1万円以下で観られた。一方でアリーナのステージ近くは10万円以上だった。
日本もよりきめ細かい価格設定に?
同じ2019年には、アイルランドのバンド、U2が来日。さいたまスーパーアリーナで、ステージ近くのスタンディング・エリアは6万円。グッズ付きのSS席が3万8300円。もっとも安いスタンディング・エリアの後方は1万5800円だった。 このツアーを筆者は、アメリカのフロリダ州マイアミの、ハード・ロック・スタジアムで観た。この時もマディソンのザ・フーと同じように、細かい価格設定が行われていた。 当時還暦近かった筆者にとって、スタンディングのアリーナ・エリアで3時間近いショーを立って観るのはつらい。しかも身長は160センチ台なので、巨大なアメリカ人に囲まれたらステージは見えない。そのうえアリーナは価格が高い。だから、ネット画面で下手側のスタンド席を選んだ。2階席だったこともあり、日本円で7000円台だった。もちろん満足した。アメリカで観る場合のチケット代は、屋内よりも野外会場のほうが概して安い。 今後、日本のイベンターもよりきめ細かく価格設定することが求められるようになっていくのではないだろうか。そんなことをしたら手間がかかり、チケット代が高くなってしまう可能性もあるとはいえ、AI技術を導入して解決できないものだろうか。 ちなみに筆者は、2000~5000席のホールならば単純にステージ近くの席が確保できるとうれしい。一方、3万人を超えるスタジアムの場合はステージから遠い席も好きだ。会場全体を俯瞰できて、音楽だけでなくファンの熱狂も楽しめる。とくにロックの場合、すでに還暦を過ぎた身でずっと立つのはつらい。年齢相応に、傾斜のあるスタンド席で座ったままステージを楽しみたい。 神舘和典(コウダテ・カズノリ) ジャーナリスト。1962(昭和37)年東京都生まれ。音楽をはじめ多くの分野で執筆。共著に『うんちの行方』、他に『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』など著書多数(いずれも新潮新書)。 デイリー新潮編集部
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