“楽器演奏ができる人生”を届けるために 『Rocksmith+』に込められたテーマとこだわり
「ファークライ」や「アサシン クリード」シリーズで知られるゲーム会社「Ubisoft」が、今年6月に音楽教育プログラム『Rocksmith+』の日本版をリリースした。先んじて海外で展開されていた本作、待望のジャパンエディションである。日本の楽曲も多く実装されており、tofubeatsやちゃんみなのようなロック文脈以外のアーティストの名前もクレジットされている。 【写真】『Rocksmith+』と向き合ったUbisoft大阪スタジオの様子 同社はゲーム会社でありながら、その枠にとどまらないコンテンツ制作を続けてきた。2004年に発売された『プリンス・オブ・ペルシャ 時間の砂』は2010年に同名の映画作品として実写化され、『ファークライ』を原案にした映画『G.I.フォース』が2008年にドイツで製作された。『ファークライ6』のサウンドトラックにはベネズエラ出身のラッパーGabyloniaやDiana Fuentes、キューバのディーバDiana FuentesやラッパーのEl Michaらが参加しており、ラテン・アメリカの現行アーティストにフォーカス。つまり、Ubisoftはゲームの枠を超えて、カルチャーそのものに並々ならぬ愛情を注いできた歴史があるわけだ。 初代『Rocksmith』がリリースされたのは2011年のことだが、その間も音楽に対して強いこだわりを見せていた。従って、同社があらためて『Rocksmith+』に対し“音楽教育プログラム”と銘打ったところで、違和感はないだろう。 今回、Ubisoftの大阪スタジオへ取材に赴き、『Rocksmith+』を中心に話を聞いた。音楽博士・YouTuber・シンガーソングライターとして活躍するDr. Capitalをはじめとする本作の制作陣は、どういった経緯や想いでリリースしたのだろうか。 アソシエイト・プロデューサーのローマン・バチュール氏は「このプロジェクトに関わるまで楽器に触れた経験がなかった」と語る。本作では初級~上級まで幅広いテクニックを学べるが、制作側にも当事者としてさまざまな人たちが参加していることが分かった。 ちなみにバチュール氏はフランス出身で、日本のロックバンド・Gacharic Spinの熱心なファンだという。取材当日もバンドTシャツを着用していた。彼に限らず、オフィス内にはDTMユーザーや音楽愛あふれるデザイナーなど、生粋のミュージックラバーがたくさんいた。音楽制作チームだけでなく、アートディレクターやサーバーエンジニアの席にも楽器が置かれており、全社的に『Rocksmith+』と向き合っているような印象を受ける。 他のセクションでこの様子なのだから、音楽制作チームは推して知るべしである。Dr. Capitalのデスクをはじめ、Ubisoftに所属するサウンドアーティストが作業する部屋は、まさしく音楽愛にあふれた空間だった。各々が嬉々として制作について語り、苦労話などを明かしてくれた。 いわく、『Rocksmith+』で実装された譜面(ノート)は「すべて耳コピで打ち込まれている」という。そして追加される楽曲には自分の専門外のジャンルのものもあり、チームの集合知的な対応を迫られることもある。さらには対象が古い楽曲だとコンピューターが自動でピッチを合わせられず、楽曲をくまなく聴き込み手動で調整する必要があるそうだ。楽曲によっては途方もない工程を経て、『Rocksmith+』でプレイアブルとなる。 しかしアーティストたちの表情は生き生きとしており、ジャンゴ・ラインハルトやジェームス・ブラウンを引き合いに出しながら、制作過程を語ってくれた。本作には元メガデスのマーティ・フリードマンやドラゴンフォースのメンバーが「講師」として参加しており、ユーザーにさまざまなテクニックを授けてくれる。『Rocksmith+』制作チームの屈託のなさと、大御所たちの丁寧な指導の根っこにあるマインドは似ているかもしれない。 そして今回、Dr. Capital、Ubisoftのゲームデザイナーを務める須永江身子氏、プログラマーのフランソワ氏に『Rocksmith+』について話を聞くことができた。主に開発意図や今後の展開が語られ、本稿ではその様子をショートインタビューという形でお届けしたい。その前に、Musical Content Creator Leadを務めるDr. Capitalに関して簡単に触れておこう。 彼は今日まで、超絶技巧をもってしてJ-POPを再解釈する音楽系YouTuberとして何度もヴァイラルを起こしているわけだが、アンダーグラウンドでもさまざまなアーティストの制作に関わっていた。Shing02 Terracotta Troupe のメンバーとして、国内屈指のラッパーの制作に参加。またケン・イシイ、DJ Nozawa、DJ Akakabe、DJ $hin、Del Tha Funkee Homosapien、Cosinerのレコーディングにも加わっており、エレクトロニカ・ギタリスト“Capital”はかねてより多くのジャンルで活躍していた。とりわけ1999年にリリースされた歴史的名盤『Cuts Of The Times ver.2.3』に収録されている「dappi」はいま聴いてもスーパードープな内容である。 もちろん現在のパブリックイメージになにか物申したいわけではない。ここで強調したいのは、シーンを縦横無尽に駆け巡ってきた実力と嗅覚のある「博士」が、現在ゲーム会社でコンテンツを制作しているという事実だ。 ■インストラクターが充実した『Rocksmith+』は「音楽を深く知りたい人には打ってつけ」 ――Capitalさんはそもそもどのような経緯でこのプロジェクトに参画されたのでしょうか? Dr. Capital:全然『Rocksmith+』と関係ない話から始めないといけないんですが(笑)、このプロジェクトに関わり始めたのは3年ほど前になります。当時はアメリカの大学で音楽を教えていたんですが、コロナの影響で日本との往来に制限がかかるようになってしまったんですね。日本の大学にもリモートで講義を行っていたんですが、そのタイミングでこっちで仕事を探そうかと思いまして。そんなときにノートトラッカー(耳コピ)の求人に応募して、いまに至ります。 ――サカナクションの「新宝島」解説動画がリリースされたのが2019年の5月ですから、『Rocksmith+』の制作に参加されたのはその後なんですね。いまのゲーム業界を見ると、オーセンティックな音楽アーティストがコンテンツに関わることが日常化している印象があります。アーティスト目線で今のゲーム事情をどう見ていますか? Dr. Capital:もう作品ですよね。映画とか音楽と同じようにアート的側面のあるものになっていると思います。ユーザーたちがそのゲームをプレイして、聞いて、感じてっていう。今回の『Rocksmith+』もそうですけど、その状況に加えて最近のゲームはインタラクティブになっていますよね。音楽教育者として本当に素晴らしいことだと思っています。練習がすごく効果的になるんです。プレーヤーとして好きな曲に入り込めるわけですから、その世界観を堪能しながら技術を習得できるのは良いことですよね。 ――まさにそういった双方向性はゲームの強みだと思います。その点で、『Rocksmith+』の開発段階でなにか力を入れた点はありますか? 須永:いまのノートウェイの見た目になるまでが結構大変でしたね。前作からより良いものにしたいという思いは開発当初からあったんですが、そこをどう改善していくかは悩みました。たとえばVFXを豪華にし過ぎるとかえってユーザーの邪魔になってしまう場合がありまして、そのバランスには気を使いました。アートディレクターからコンセプトをもらったりしながら、いまの形になったのを覚えています。 フランソワ:今作からギターやベースだけでなくピアノも実装され、スマホでもプレイできるようになったので、インタラクティブな部分は格段に増えました。マルチプラットフォームへの対応は苦労しましたが、チャレンジして良かったと思っています。 ――さまざまなユーザーが関わりしろを持てそうだという点は、収録されている楽曲の幅広さも影響している気がします。その名通り「ロック」が基軸ではありますが、EDMやヒップホップの音源も扱われています。 Dr. Capital:いろいろなジャンルを扱いたいという思いはあります。僕たちが楽曲のライセンシングを担当しているわけではないんですが、幅広い音楽の趣味に対応したいとは考えています。僕はブラジル音楽が好きなんですが、本作にはその手の曲も多く入っていて驚きました。耳コピしながらどんな曲が入っているのかチェックしてましたけど、マリア・ベターニアの音源なども収録されてるんです。僕のマニアックな趣味にも対応しているんだから、おそらくほかの音楽ファンの好みにも応えられるんじゃないかと思います。 フランソワ:その点は前作と比べて大きく異なるところですね。『Rocksmith』はその名が示す通りロックやメタルを中心に据えていたんですが、今作を開発するにあたって初期段階からジャンルの拡張はひとつ大きなテーマだったように思います。 ――Capitalが先ほど仰ったように、好きな曲で練習できるのは重要ですからね。ジャンルの幅が広ければその可能性を上げられるでしょうから、その点でも音楽の拡充は大事なことのように思えます。 須永:楽器を触ったことがない人にどうやってプレイしてもらえるかは常に考えていることなので、やはりその点は私たちも重要視している部分ですね。今作は難しい曲でも難易度を調整できるので、初心者の段階でもある程度はチャレンジできるようになっています。そもそも私を含めて『Rocksmith+』のチームにはビギナーが多くいるので、その観点は大事にしています。2012年に発売された初代『Rocksmith』を作った人たちも、もともとはギターを弾けなかったので、どうすれば初心者がプレイできるようになるか、というのは昔からの課題でした。 フランソワ:開発チームは半分ぐらい楽器初心者ですね。そのため、いろいろなフィードバックをチーム内からも出せたのは大きいです。 須永:ちなみにフランソワさんはギターが上手なんですよ。 フランソワ:『Rocksmith+』をプレイするようになってからピアノにも挑戦中です! ――さらにプレイの幅を広げている最中なんですね。最後に、本作を通じてユーザーに期待していることを教えてください。 須永:やはり楽器に触れてもらうことですね。楽器ができると人生が豊かになりますから、ぜひこの機会に手に取ってもらいたいです。「これならできそう」と思ってもらえるポイントがあると思うので、ユーザーのみなさんにはそれをきっかけにして楽器の楽しさを見つけていただきたいですね。 フランソワ:私が先ほど申し上げたように、すでにある程度弾ける人は違う楽器にもチャレンジできますから、表現の幅を広げたい上級者にもオススメしたいです。 Dr. Capital:僕もたくさんのギターレッスンを受けてきて、自分でも行っている人間ですけど、先生との相性ってやっぱりあるんですよね。でも大体の場合、ひとりの先生はひとりの楽器じゃないですか。その先生が上手に教えられるジャンルやテクニックは限られています。でもこの『Rocksmith+』の中には3つの楽器がインストールされていて、先生もたくさんいます。そのスケールがすごいので、音楽を深く知りたい人には打ってつけだと思いますね。ちなみに、マーティ・フリードマンのような素晴らしいアーティストが先生として参加してくれていますが、今後もインストラクターの数は増やしていく予定です。
Yuki Kawasaki