荒廃するウクライナがまさかの「資源大国」に…! 戦争が生み出す「新時代の石油」の正体
ドローンデータが輸出可能な資源に?
世界各国の政府や企業が欲しがるデータを膨大に抱え込んでいるウクライナが、生データやそこから得られる知見を「輸出」すれば、それは新たな収益源になり得る。もし国際市場でこのドローンデータが流通するようになれば、まさに21世紀型の「資源国」と呼ばれるポジションを得るかもしれない。 実際に、AIの学習用データを取引する市場は、現在の約25億ドルから10年以内に300億ドル近くまで成長すると予想されている。ストックフォト販売業者Shutterstockは、AIベンダー各社と2500万ドルから5000万ドルに及ぶ契約を結んでおり、また欧米圏で人気のソーシャルニュースサイトRedditは、GoogleやOpenAIといった組織に、サイト内に蓄積されているデータをライセンス供与して数億ドルを稼いだと主張している。これらのニュースを報じた米国のテクノロジー系のニュースサイトTechCrunchは、その記事の見出しに、「AIの学習データは大手テクノロジー企業しか払えない価格になっている」とのタイトルを付けている。AIの開発に使えるデータは、まさに宝の山というわけだ。 特にウクライナが手にしているのは、前述の通り膨大な「実戦データ」であり、他の情報源を探すのは困難だ。ドローンが撮影した映像には、地形の情報だけでなく、兵器の発射角度や弾道、目標への命中率といった数値情報、さらには部隊の移動パターンなど、机上演習では得られないリアルなノウハウが詰め込まれている。それらをAIに理解させ、戦略や戦術の提案を可能にすることの価値は極めて大きく、多くの政府や組織が高値を出すだろう。 一方で、こうしたドローンデータの活用が全世界から歓迎されているわけではない。AIが学習するデータが増えれば増えるほど、軍事AIの高度化が加速し、次世代の戦闘形態がより自動化・無人化・高速化するという懸念もある。兵士や民間人が戦場における意思決定のプロセスから排除される、つまり人間によるコントロールの喪失につながりはしないか。あるいはそもそも、そうした重要な判断を機械に任せて良いのか。そうした倫理的・法的課題への注目が高まっている。 たとえば2024年10月、米国のバイデン大統領は、国家安全保障に関するAIの開発・利用におけるガイドラインを発表し、民主主義的価値観の遵守と悪用防止を強調した。この覚書は、データ取引に直接言及しているわけではないものの、軍事用途におけるAIの役割に対する懸念の高まりを反映している。また国際的には、特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の枠組みの中で、「自律型致死兵器システム(LAWS)」に関する規範を確立しようという動きがあり、この中でAI兵器の開発に関しても何らかの規制が求められるようになる可能性がある。 とはいえこうした動きは、いますぐにAI用データの輸出入を完全に停止させるものではない。米国もトランプ次期大統領のもとで、AIの軍事利用に積極的な姿勢に転じると見られている。ウクライナは紛争下にありながら、間違いなく「データ資源大国」の道を歩み始めていると言えるだろう。そして同国は戦火で疲弊しており、戦後の復興に向けては、戦争によって蓄積されたさまざまなデータや知見、そしてAI技術が大きな資産になる可能性が高い。さらには、ウクライナがこのデータ資源を上手く活用することで、同国の将来的な収益源や産業構造の変革につながるのではないだろうか。 戦争とテクノロジーの親和性はしばしば指摘されてきたが、現在のウクライナが示しているのは、21世紀ならではの事例だ。いままさに、産油国が地下に眠る石油から富を得てきた時代から、資源としてのデータが富を生み出す時代へと移行しつつある。そしてウクライナが蓄積した228年分のドローン映像は、「21世紀の油田」と呼んでも差し支えないほどの規模だ。 AI学習用データの枯渇が懸念される中で、紛争によって誕生したこの新たなデータ資源の扱いをめぐり、国際社会の中で新たな争いが生まれるのかもしれない。
小林 啓倫