「お腹にだけはボールを当てないで!」妊娠発覚もサッカーを…なでしこW杯優勝メンバー岩清水梓はなぜ引退撤回したか「非難されても仕方がない」
チーム内のただ1人だけ、明かした人物とは
もし、この後カップ戦で決勝まで勝ち進めば、最大でもまだ3試合が残っている。その間はもちろん練習も毎日ある。それでも夫は、絶対に仕事の区切りというのは大事なことだと思うから、と私の気持ちを尊重してくれた。 そして二人でとことん話し合い、もし、万が一、それでお腹にいる子どもと出会えない結果になったとしても、それが私たちの人生で、私たちが選択したことだから納得しよう、と決めた。 それくらい、強い覚悟の上の決断だった。 責務を全うするには、周りに迷惑をかけないためにも、すべてが終わるまでは誰にも話さないことにしようと決めた。 ただ、そうは言っても、現場でなにかがあったときにも逆に迷惑がかかるからと、私がベレーザに入ったころからずっとお世話になっている、広報の竹中百合さんにだけは打ち明けることにした。
気分が悪くなっても、2戦連続ゴールを決めたことで
竹中さんには妊娠と、それからの一連の流れを話し、カップ戦が終わるまで絶対に誰にも言わないでほしい、と口止めをした。今思えば、竹中さんには一人にだけ重責を背負わせてしまったようで、本当に申し訳なく思っているし、それ以上に感謝している。私が練習や試合をする様子を、どんな気持ちで観ていたらいいんだと、誰にも話せないなか、不安と恐怖でいっぱいだっただろうな……。 妊娠が発覚してから最初の試合は、アウェイで新潟への遠征だった。移動日のその日は電車が少し遅れていて、集合場所の駅までは、混んでいる急行に立ったまま乗っていた。すると、なんとなく気分が悪くなり、その気持ち悪さは、新幹線に乗っても、ホテルに着いても続いていた。おかげで晩ごはんはほとんど食べられず、コンディションはとてもいいとは言えなかったが、翌日の試合では2試合連続となるゴールを決めることができて、充実感のなかでそれはうやむやになっていた。
「お腹にだけは当てないで!」と思っては…
振り返れば、あれが妊娠初期の「つわり」だったのかもしれない。でもそのときは7月の中旬で、かなり暑い日が続いていたため、私は気持ち悪いのも、食欲がないのも、頭が痛いのもすべて「夏バテのせいかな?」くらいに思っていた。もしこれが「つわりだ!」と思っていたら、もっと深刻に考えて、メンタルにも影響していたかもしれない。そう思うと、真夏の暑さで紛れてくれたのは逆によかったのかな、とも思う。単に鈍感だったのかもしれないけれど。 そうして、チームが順調に勝ち進み試合を続けていくなかで、自分の覚悟とは裏腹に、心のなかに“母親”である自分が宿っているのを思い知った瞬間があった。 私のポジションはディフェンダーで、自陣のゴールへの攻撃を阻止するのが仕事だ。相手がシュートを撃ってきたら、普段なら、どこかに当たってくれ! と思いながら体を投げ出すのが当たり前だ。どこでもいいから当たってくれて、シュートコースが逸れれば、自チームの危機は回避できるから。 でも、このときは一度だけ、至近距離でシュートを撃たれたときに、初めて体を投げ出しながらも「お腹にだけは当てないで!」と思ったことがあった。いや、思ってしまったのだ。そのとき、さすがに「あぁ、もう試合は無理だな」と自覚させられた。