遠藤憲一「それぞれの断崖」 少年法、被害者遺族、マスコミ取材…考える機会に
遠藤憲一の主演ドラマ「それぞれの断崖」(フジテレビ系、土曜23時40分)は、最愛の息子を同級生に殺害された父親と被害者遺族をはじめ、加害者とその家族、周囲の環境、マスコミなども含めて、そのタイトル通り、さまざまなことを考えさせてくれる作品となっている。小杉健治氏の同名小説が原作で今月3日にスタート、すでに2話分の放送を終え、今週末17日には第3話を控える。
演技巧者の出演陣がまざまざと伝える
遠藤が演じるのはコンピューターメーカーに勤務する会社員、志方恭一郎。情にもろい仕事人間で、妻の雪子(田中美佐子)と長女の真弓(仁村紗和)、次女で高校2年生の真紀(永瀬莉子)、長男で中学2年生14歳の恭介(渡邉蒼)と暮らす。表向きは平凡で幸せに見える日常の中で恭介の不登校と家庭内暴力という深刻な悩みを抱えていたが、自らが心を裸にして接することで解決の兆しが見えつつあった矢先、その恭介が同級生の八巻満(清水大登)に殺されるという悲劇に見舞われてしまう。しかし加害者は13歳、たとえ殺人を犯しても少年法が適用され、刑事責任年齢に達していないため刑罰は受けない。 おまけに志方は事件当夜、仕事上のトラブルから深酒をし、部下に連れられていかがわしいデートクラブで遊んでいたことがわかり、妻や娘たちに責められ、警察からも疑われる。さらに、加害者に対し怒りを爆発させたことが逆効果となり、世間からは容赦のないバッシングを受け、自宅には「お前が死ね」と落書きをされる状況に陥ってしまう。マスコミは自宅はもちろんのこと職場にも押しかけ、あげく会社からは休職を命じられ、長女真弓の婚約は破棄となり、家族の絆は次第にほころびを見せていく。 そんななんとも重苦しい物語が、遠藤をはじめ、演技力に定評のある出演者たちによってまざまざと描かれる。東海テレビ制作のオトナの土ドラシリーズならではのシリアスな愛憎劇といえるだろう。
ドラマは娯楽だが議論を提起する機会にも
それぞれの立場にある登場人物たちは、マスコミの対応なども含めて、いささかステレオタイプに描かれており、そこが視聴者の好みを分けるかもしれないが、そのぶん被害者遺族をめぐる問題など、さまざまな断面がわかりやすく伝わってきて考えさせられる。 こうした事件が起きてそれがニュースに流れると、一時的な表層は伝わってきても、遺族のその後の生活などはなかなか伝わってこない。遺族は大切な家族を失っただけにとどまらず、多くの“被害”を被る。つらい遺体確認から始まり、捜査や裁判を通じて精神を抉られるような苦しみに襲われる中、一方では犯人の人権が守られることに対する理不尽さとの葛藤もある。マスコミの情け容赦ない取材攻勢、無責任な大衆の好奇の眼差しと心ないバッシングもある。そんな“二次被害”に傷つけられる中で、被告に重い刑罰を求めるための署名活動などに精神と時間と金を費やす被害者遺族もいる。 実際の事件ではプライバシーの問題があり、そこを報道が伝えることはいいとは言えないが、ドラマといった形で少しでもそういった現状が提起され、家族の間で、友人間で、ネットで、議論する機会が生まれるのであれば、それは価値ある作品と言えるのではないだろうか。 第3話では、憤懣やるかたない志方が、加害者の母でシングルマザーの八巻はつみ(田中美里)に接近をはかる。ドラマである以上、娯楽要素は不可欠だが、作品が今後もさまざまなことを考えさせてくれる機会となることに期待したい。 (文・志和浩司)