無修正での浮世絵春画描写が実現した劇映画「春画先生」
キネマ旬報ベスト・テン10位作品は欲望と芸術性のカオス
喜国雅彦の同名漫画を原作に、特異な性癖に翻弄される若い男女の壮絶な愛の行方を見つめる「月光の囁き」(99)で鮮烈な長篇デビューを飾り、「害虫」(02)では、理不尽な現実をサバイブするべく奮闘する少女の、関わる周囲までことごとく傷つけてしまう途方もない孤独を描ききるなど、物議を呼ぶのも恐れぬ肝の据わった初期作において、安易な共感や理解を拒む異端の面々が抱える闇にも光を当てた塩田明彦監督。その後も、話題のヒット作からインディーズ系まで多彩に手がけ、円熟味を増す奇才による完全オリジナルの新作「春画先生」は、観る者の心身に優しいエロティシズムと、あっけらかんと突き抜けたユーモアをまとい、飄々と原点回帰を果たした感慨が嬉しく込み上げてくる快作だ。
江戸時代に華開いた春画のエッセンスが現代に甦る
妻に先立たれ、春画の研究に一層没入する“春画先生”こと芳賀(内野聖陽)に出逢った弓子(北香那)は、春画の世界に魅せられるうちに、芳賀にも惹かれていく。ふたりが珍妙な駆け引きをこじらせる中、芳賀が執筆を進める『春画大全』の完成に躍起になる編集者・辻村(柄本佑)や、芳賀の亡き妻の双子の姉・一葉(安達祐実)の思惑もややこしく絡み合い、じれったい恋模様は、予想だにしない移ろいを見せる。 男女のまぐわいの決定的な一瞬を写しとった春画が、映倫審査を通過して全国公開された商業映画で日本映画史上初、無修正のまま次々と映し出され、痴情もつれる背景や事情も匂い立つ物語性を読み解く考察力や、誰もが秘め得るむっつり助兵衛な想像力が、否が応でも刺激される。じっくりと細部まで覗き込むほどに奥の深い貴重な観賞体験を取っかかりに、怒涛の感情に押し流される登場人物たちの、これまでに味わったことのない性愛への扉を開くに到る悶着が展開し、江戸時代を中心に華開いた春画のエッセンスが、塩田監督独自の解釈を加えて現代に甦る。 男性カップルの何気ない日常の豊かさを、食を通じて温かく描出したテレビドラマ『きのう何食べた?』(2019・2023)が、今なお幅広い層に支持される人気シリーズとなったのは、誰に対してもオープンかつ細やかな気配りで接し、周囲の心をも動かしてしまうケンジを好演した内野の貢献も大きいと思われる。共演者のポテンシャルを変幻自在な演技で引き出す彼の非凡さは本作でも発揮され、愛妻の面影を重ねて弓子を自分好みに調教せんとする芳賀の粘着質な一面を、カメラ外にフェイドアウトしてからも気配が残るほどにねっとりと、コミカルな変態性もにじませ表現。並々ならぬ意欲で役を掴んだという北も、神出鬼没な芳賀に囚われる弓子の強迫観念の核を捉え、新手の分身の術がごとく生み出す内野のサポートに真摯に応える。姿は見えずとも視線を常に意識させる芳賀の存在に翻弄されつつ、たくましく美しく変貌を遂げる弓子の軌跡を好演。惚れた相手の言いなりのようで自ら危ない橋を渡り火の海にも飛び込む、破れかぶれだが能動的でもある新鮮なヒロイン像を、随所で見せる圧巻の全力疾走も効果的に、体当たりで作り上げた。